あなたの部下に経営センスがない本当の理由①

「みんな駄目だな」
管理職向けの人材育成をやっていたとき、その会社の社長に言われた言葉です。
私は以前、大手企業のグループ会社で、管理職向けの教育を担当していました。 使っていたのはロバート・キーガンの『なぜ人と組織は変われないのか』、いわゆる変化への免疫です。 座学で終わらせない作りにしていました。 学んで、一か月自分の部署で試して、また戻ってくる。 同じ設計の研修は、他の企業向けにも八年ほど続いています。 決して悪いコースではありません。
参加者はみな優秀でした。 戻ってきたときには「やりました」と言います。 それでも、固定観念のところがどうしても破れない。 優秀なサラリーマンとして、そこで止まってしまう。
その社長は、他にも手を打っていました。 名の知れた研修会社にも頼んでいたと聞いています。 それでも同じでした。 そして「みんな駄目だな」と嘆いていた。
このとき私が感じたのは、座学の限界です。 知識は入っています。 聞かれれば「限界利益とは」も答えられる。 でもそれは自分の判断と結びついていない。 他人の話として入ったまま、自分の引き出しに移っていない。 講義は、正解を先に渡します。 だから聞き手は「なるほど」で終わる。 間違える機会がないんです。
いまは人事の相談を受ける仕事をしています。 「部長級を外から採りたい」という話になったとき、なぜ社内から上げないのかと聞きます。 返ってくる言葉は、だいたい同じです。
「うちの課長は優秀なんですよ。数字も作るし部下もまとまっている。ただ、経営が分かっていない」
では「経営が分かっていない」とは何ですかと聞きます。 たいてい具体的には出てきません。 「視野が狭い」「自部門のことしか考えない」あたりで止まります。 つまり社長自身も、何が足りないのかを言語化できていない。 ただ「違う」ことだけは分かっている。
言語化できないまま、手は打たれます。 足りないのは知識だろうと考えて、講義を用意する。 アンケートの満足度は高い。 「大変勉強になりました」「視野が広がりました」と書いてあります。 ところが「明日から何をするか」の欄が薄い。 書いてあっても「視野を広く持ちたい」「もっと数字を見たい」といった、動詞になっていない言葉が並びます。
もっと分かりやすいのは会議です。 研修の翌月の部門会議で、その課長が何を話しているか。 だいたい研修前と同じことを話しています。 自部門の進捗と、足りないリソースの要求。 研修で聞いたはずの「全社最適」も「キャッシュフロー」も出てきません。
本人が悪いのではありません。 私が担当していた研修でも、同じことが起きていました。
では「経営が分かっていない判断」とは、具体的に何か。 抽象語のままでは、直しようがありません。 どれも悪意はなく、むしろ真面目な人ほどやります。
まず、予算を使い切ろうとします。 期末に余った予算を、翌期に持ち越せないから使う。 返すと来期の枠が減るからです。 部門を守る行動としては正しいのですが、会社の現金を減らしています。
次に、値下げでシェアを取ろうとします。 数量は増えます。 しかし粗利は落ちる。 そして競合も下げるので、結局シェアは戻り、業界全体の利益だけが消える。
それから、稼働率を上げることが正しいと思っている。 工場を遊ばせるのは悪いことだと思っているので、需要がなくても作る。 在庫が増えます。
投資を「費用」だと思っているのも同じ根です。 設備投資の稟議で「今期の利益が落ちる」と言う。 減価償却で数年に分かれることを、知識としては知っていても、判断のときに使えていない。 判断のなかに、時間軸が入っていないんです。
そして一番多いのが、悪い数字を上げてこないことです。 見通しが悪いとき、報告が遅れます。 しかし経営から見れば、悪い数字は早いほど手が打てる。 遅れた分だけ選択肢が減ります。
共通しているのは、部門の合理性としては正しいということです。 だから本人に悪気がない。 そして誰も間違いを指摘しない。 部門長として評価されているので、指摘する理由もない。
こういう判断が、十年分積み上がったときに会社がどうなるか。 それを見せたいんです。
次は、なぜその課長が「経営が分かっていない」ままなのかを書きます。 失敗させてこなかったのは、誰かという話です。
(第2話に続く 全3回)
