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はじめに
はじめまして。2023年3月に立ち上げた企業と人材をつなぐ人事情報メディア「賢者の人事」の編集長を務める、山極毅(やまぎわ・たけし)です。
年齢は58、出身は東京。趣味は美味しいもの食べ歩きです。
この度、「賢者の人事」を開設した目的とその背景を皆様にご説明するために、ここに筆をとることにしました。
より簡潔な内容となるよう心がけますので、しばしの間お付き合いいただければ幸いでございます。
それでは、まずは簡単な私の自己紹介から始めたいと思います。
私は、バブル景気真っただ中の1989年に日産自動車に入社し、ルノーからの出資により倒産の危機を回避した1999年までの10年と、その後の企業再生の17年間を日本を代表する自動車会社で働いてきました。
エンジンの設計からキャリアをスタートし、会社員最後の職場となった人事部では、ヒトに関わる課題の難しさと「人事」という仕事の面白さを同時に学びました。
そんな私が日産の人事部に席を置くきっかけとなったのは、半ば偶然の産物というものでした。
前述の通り元々は技術開発部門に属し、GT-RやフェアレディZといった車のエンジンを作るエンジニアだった私は、2004年に突如として商品企画部門に配属されます。
もちろんまったくの畑違いですが、その新たな仕事は実に魅力的なものでした。
車の生産計画からデザイン、開発、生産、購買といった職務を担う部署で、部長級としてアサインされたのです。
この時は、1週間で世界一周をしてビジネスミーティングを実施したこともあり、まさに超のつく多忙を極める日々の連続でした。
ところが、商品企画部門に籍を置いてから4年と少しが経った頃、正しくは2008年の12月、私の人生にとって最も大きな転機が訪れます。
詳細は割愛しますが、それは私のプライベートで起きた実に辛い出来事でした。
娘が高校受験を2ヶ月後に控えていた最中、一方の私はといえば過度ともいうべき仕事に忙殺されていた中でのあまりに辛く悲しい出来事だったのです。
そんな難しい状況下で私は、すでに齢40を過ぎていたこともあり、「働くことの意味」を自問しながら、自らの会社員人生を考え直すべきときに来ていると考えるようになりました。
その時、一番強く感じていたことは、「会社の中には自分の代わりはいっぱいいるけれども、家庭では自分の代わりになれる人はいない」というシンプルな事実でした。
仕事と生活を両立する難しさを、この時初めて強く感じました。
そして働くということは一体どういうことなのだろうか?というテーマを考え始めたわけです。
そこで私は、メンターとして付いてくれていたキャリアコーチとの会話の中で何気なく、「最近実は、人事部の仕事にも興味あります」と伝えました。
すると、そのときから間もなくして『グローバル人事部』への異動を命じられたのです。
元エンジニアだから数字も使える、商品企画部門にいたからビジネスのノウハウも把握しているとの判断から、「データを活用した人事のオペレーション改革をやらせろ」との社命が下ったのです。
2010年から2016年の3月までの6年間、それは実に様々なことを学んだ日々でした。
結果として、より理に適った人事(=優れた人事)とは一体どうあるべきなのか? この問に対する答えを私は遂に見い出すに至ったのです。
では果たして“優れた人事”とはどういうものなのか、その答えの一端を次に記したいと思います。
フェルミ推定で優秀な人材は見抜けない
世界で最も人事に優れた企業とされるGoogle(アルファベット社)、そのGoogleが認めた面接手法の「失敗」についてまずは触れておきましょう。
人物の見極め、採用面接でどのような質問をするかについては常に悩みがつきまといます。
何を聞いたらいいんだろうかと、試行錯誤を繰り返しながら人事は面接の設問を考えるものです。
Googleは、世界的にも人材獲得能力が高い会社と言われています。
彼らもまた試行錯誤をしてある答えに辿り着いていますが、その過程でどんな失敗をしてきたのでしょうか?
企業の採用担当の皆さんには、参考になる話かとか思います。
また、今就職活動をしている皆さんは、ここでご紹介する質問に答えられず、意中の企業に落ちてもクヨクヨする必要はないよ、という話をしたいと思います。
採用する側にとっても採用される側にとっても、面接の対策は実に悩ましい問題です。
普段の自分がやってきたことを答える、自分の考え方や信条を答えるというのはいいのですが、いわゆる難問・奇問を出題されたとき果たしてどのように答えたらいいのかすごく悩むと思います
その昔Googleがどんな面接をしていたかというと、例えば「マンホールの蓋はなぜ丸いのか?」とか、「シアトルのすべての窓を掃除するのにいくらかかりますか?」とか、「スクールバスにゴルフボールは何個入りますか?」などといった質問をしていたそうです。
考える時にある仮説を置いて、その仮説に基づいて類推していくというやり方がありますが、このやり方は一時期すごく流行りました。
これは「フェルミ推定」と言い、Googleはこれがすごく好きで一時期多く使っていました。
日本でいうと、例えば「日本にはマンホールがいくつありますか?」とか、「電信柱の総数はいくつですか?」とか、そういう類の出題です。
知的能力が必要だと言われている会社では、ときどき出題されることがあります。
ところが、前述の通り、Googleはこの種の面接仕様が失敗であったと認めています。
いわゆる「難問・奇問」を出題することをやめたとGoogleが自ら告白しているのです。
実際に出題をやめたのは2013年頃と言われていて、今はまったく異なる面接手法、すなわち「科学的採用手法」を採用しています。
なぜGoogleは「難問・奇問」をやめたのか?
Googleの人事部は、ただ人材を採用するだけでなく、どんな考えで人材を採用し、実際に入社した後その人材が活躍できたのかというデータを取り続けていました。
まさに、統計学を用いて科学的に人事にアプローチしていたということです。
難しい問題に答えられた方が優秀ではないか? という仮説から始まった難問・奇問。
ところが、この方法で採用した人材が会社に入って活躍するか否かというのは、まったく相関がないことが明らかになったのです。
つまり、転職・就職活動中の方は、難問・奇問に答えられなくても全然気にしなくて良い。
なぜならその種の質問をする企業は、きっと何ら意味をわからずに問うているはずだからです。
そして、現在のGoogle人事部が行っていると考えられるのが、「構造化面接」。
「構造化面接」とは、簡単に言えば、人事(採用)のセオリーに即した手法。同じ職務に応募している求職者に、同じ面接手法を使って評価するということです。
構造化面接を行うと、応募した職務自体が構造化されていない場合でも、応募者のパフォーマンスを予測できるという調査結果があります。
可能な限りマイナス要因を排除し、プラス要因だけを積み上げていく。つまり、まずは守りを固め、失敗の確率を下げて、しかる後に攻めの採用へ進んでいくという選考手法です。
日本の人事部が知らない新しい選考手法
その「構造化面接」は、日本にはしばらく前に概念として入ってきてはいますが、きちんと使えている企業はまだ多くありません。
まだまだ認知度そのものが低いことも影響しています。
ところが、「構造化面接」を実践すればすぐにわかるのが、この手法は実に“楽”であるということ。
3ヶ月くらいこれを使い続けると、予め設定した同じ問いに対する求職者の答え方の“差”がわかってきます。
次第に見極める能力もついてくるので、採用担当者の力量も著しく向上することになります。
構造化面接の特徴は以下の通りです。
- あらかじめ決められた質問を全員の候補者に対して同じように行う。
- 質問項目を決めることで、客観的に評価ができる。
- 面接官によるバイアスが排除される。
- 候補者のスキルや経験、態度などを客観的に評価することができる。
- 公正かつ客観的な採用選考が可能になる。
- 採用精度が高い。
- 候補者に対して、公正な選考が行われることが明確になる。
- 面接官の判断に頼らず、事前に決められた評価指標に基づいて採用選考が行われる。
- 採用プロセスに対する信頼感が高まる。
- 従来のフリートーク面接に比べ、採用プロセスがスムーズに進む。
また、構造化面接で使われるスター面接法とは、Situation(状況)、Task(課題)、Action(行動)、Result(結果)の頭文字をとったもので、候補者の過去の経験に基づいて、その人がどのように行動したかを評価する方法です。
この方法を使うことで、候補者の過去の経験や行動を客観的に評価することができ、採用精度を高めることができます。
実際にGoogleが公開している、構造化面接の質問事例を見てみましょう。
以下は、Google re:Workからの引用です。
「あなたがもしメールサービスを提供する業務を行なっているとして、競合他社が自社サービスに月額5ドルで課金を始めたとします。マネージャーであるあなたはその状況をどのように評価して、チームに何をするよう勧めますか?」
こうした予め設定された質問を行うことで、その求職者のキャラクターを一定程度見抜くことができる。
つまり、同じ質問を繰り返すことで、過去の求職者との比較・検証ができるということになるのです。
ところが、今日の日本では「構造化面接」ではない、従来通りの非構造化面接が依然として主流です。つまり非科学的な手法での採用活動が続けられているのです。
『ワーク・ルールズ! 君の生き方とリーダーシップを変える』(東洋経済新報社)に記載されている、フランク・シュミット氏とジョン・ハンター氏の研究成果「人事心理学における選抜方法の妥当性と実用性 85年間の研究成果による実践的・理論的意義」によれば、非構造化面接の決定係数は0・14。
これは、面接時の評価は入社後の活躍を14%しか説明できないことを意味しています。履歴書の場合の説明力はさらに下がり12%、職務経歴書に至ってはたったの3%という結果でした。
商品を売ることにたとえて言えば、顧客獲得の決定係数(説明能力)が14%しかない広告宣伝メディアに広告費を出しているに等しいわけです。
この比率、営業活動ではあり得ない不確かさですが、人材採用では今も普通に行われているのです。
私が最初にこの論文を読んだ時、自分がいかに無知だったかを思い知らされ衝撃を受けました。
それまで信じていた面接、履歴書、職務経歴書といった選考手法は、優秀な人材を見極めるためにほとんど効果がないと指摘されているからです。
しかし多くの企業は、新卒の目標採用数を達成できたかどうか、あるいは業務ポジションに空きができた時に、どれくらい素早く経験者を採用できたかを成功の定義に使っています。
ジョブ型雇用システムでは、空きポジションがどれだけ少ないかを示す「ポジション充足率」という数値をKPI(key performance indicators)に設定している企業もあります。
しかし、採用数や充足率は採用の量的な要素でしかなく、採用の成功とは程遠いと言わざるを得ません。
ただ単に人をたくさん集めるのではなく、優秀な人材に良い仕事をしてもらって企業の業績を伸ばすことができて初めて、採用が成功したと言えるのです。
特に中小規模の知名度がない企業の場合は、どうしても候補者を集める力が弱いですし、それゆえ、たまたま応募してきた最初の候補者を採用してしまうというケースがよくあります。
私が日産自動車で採用担当部長をやっていた時には、1年間に新卒学生約7000人がエントリーしましたが、採用したのは350人(採用率5%)でした。
つまり、不採用が圧倒的に多くその比率は95%です。ところが、中小企業になると採用率は70%くらい。超が付かない大手企業でも採用率は30%程度というのが実態です。
Do the right things right.(正しいことを正しくやろう)
経済産業省によると、IT人材に限って見た場合、日本における同人材は2030年までに最大で79万人も不足すると言われています。
今後は1年間に1%のペースで、15〜64歳の生産年齢人口が減少していくという予想です。
人材確保の問題は今後、間違いなく過当競争化していくことになります。
「正しいことを正しくやる(Do the right things right)」、これをしないと企業の運営そのものに大きな支障をきたすことになるでしょう。
労働人口の減少は、まさに多くの企業にとって死活問題です。
ところが現状では、多くの企業は、人材を見極めるという意味において“選球眼”が良くない。
だからこそ優れた人材を見極める目を企業の人事担当は急ぎ確保すべきときに来ているのです。
そのためにあるのが、本稿で繰り返し述べている「構造化面接」に他なりません。
「正しいことを正しくやる」をコンセプトとすべきはずが、日本の採用現場の実態は「間違ったことを正しくやる(Do the wrong things right)」状態になっているのかも知れません。
すなわち、戦術は正しいが戦略を間違っているということです。
企業側は、求職者の心に刺さる求人票を作成して「集客力」を今よりも高め、科学的にして効率的な「選考方法」を用いて優れた人材を獲得する。
一方の求職者側は、世の中にある情報を決して鵜呑みにはせず、自分の能力を信じて「自分が会社を選ぶ」くらいの心意気で転職・就職活動に臨む。
自分を貫き、悔いなきよう生きてほしいと願わずにはいられません。
私が長年勤務した日産自動車を退職して起業した理由の一つは、グローバルビジネスの現場で得た知識を、より多くの人に知ってもらいたいと思ったこと。
そして、多くの人が持って生まれた才能を活用し、貴重な時間をうまく使うようになることで、企業や組織として付加価値の高いサービスや製品を生み出すためのお手伝いがしたかったからです。
そのために必要な情報をこの「賢者の人事」で事細かに、数多く紹介していくつもりです。合わせて科学的な採用手法の導入へ向けた啓蒙活動も積極的に行なっていきます。
日本が国民を消費者だと見ているのに対し、アメリカは国民を労働者だと見ている。
その両者に見る様々な違いも今後、一つひとつ丁寧に解き明かしていきたいと考えています。
そして、私が日産自動車で培った、「ストラテジック・ワークフォース・プランニング(SWP=戦略的人員計画)」の中身も機を見てご紹介していくことになるでしょう。
最後まで読んでいただきまして、ほんとうにありがとうございます。
企業の成長戦略を支えている人事部の皆さん、また自分が輝ける仕事と職場を目指してキャリアを考えている皆さん双方に、有益な情報を提供するメディアを目指していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
2023年 春
「賢者の人事」編集長・山極毅
p.s.
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