はじめに
今回の連載では、女性管理職をめぐる問題を取り上げようと思います。
管理職の女性割合をみると、世界の中で日本はダントツの最下位です。
男女共同参画社会とか女性の地位向上といった政策的スローガンのもとで、さまざまな取り組みが日本でも行われてきてはいます。
その中の論点には「女性の管理職が少ない」「女性が管理職になれない」「女性が管理職になりたがらない」問題があります。
この連載では,まず第一回(本記事)で女性管理職の現状を俯瞰します。
日本の実情をみるだけでなく、女性管理職問題を考えるうえで特徴的ないくつかの国(米国、韓国、フィリピン、マレーシア)の現状を比較してみておきたいと思います。
なぜこれらの国なのか?
種明かしは、以下の記事の中でいたします。
第二回では、女性管理職を雇用すると企業側にどのようなメリットがあるのかという女性管理職の「光」の部分を取り上げます。
第三回では、管理職をめざそうとする女性の目の前にはどのような障壁が立ちはだかっているのか、女性管理職の「影」の部分について紹介したいと思います。
最終回(第四回)では、実際に管理職として働いている女性は仕事をすすめていく上で、どんな点に注意したほうがよいかという話に焦点をあわせたいと思います。
連載全体を読んでいただいて参考になる見方や研究データ、考察に出会えていただければありがたいと思います。
では、まず女性管理職の現状をみていきましょう。
日本の女性管理職の現状をみる
内閣府男女共同参画局(2023)の『男女共同参画の現状と女性版骨太の方針2023について』では、女性管理職に関連するデータがいくつか示されています。
まず、民間企業で管理職に就いている女性の割合について、係長級が24.1%、課長級が13.9%、そして部長級は8.2%(2022年のデータ)で近年は上昇傾向にありますが、上位の役職ほど割合が低いと述べています。
女性役員については『役員四季報』(東洋経済新報社)のデータが示されていて、2022年は総数3654人、全役員の9.1%だったこととこの10年間で5.8倍になったことが示されています。
さらに、厚生労働省の『雇用均等基本調査(令和4年度)』のデータもみておきましょう。
まず、正社員(総合職)の女性比率は21.3%です。
次に女性管理職(課長相当職以上,役員を含む)を有する企業は52.1%ですが、その中で管理職(課長相当職以上で役員を含む)に占める女性の割合は12.7%です。
女性役員を有する企業(企業規模30人以上)は28.1%ですが、その中で女性役員の割合は15.0%です。
これを産業別にみると、課長相当職以上の女性管理職の比率が高いのは「医療・福祉(53.0%)」が飛びぬけていますが、「生活関連サービス・娯楽業(24.6%)」「宿泊業・飲食サービス業(17.5%)」「教育・学習支援業(17.2%)」と続きます。
一方で比率が低いのは、「電気・ガス・熱供給・水道業(4.1%)」が特に低く「製造業(8.0%)」「鉱業・砕石業・砂利採取業(8.0%)」「建設業(8.7%)」となっています。
以上が日本の現状です。
なぜ日本では管理職の女性割合が低いのか?
では、なぜ日本ではこのように女性割合が低いのでしょうか?
中村・李(2024) はこれまでの研究報告をレビューして、女性の管理職の少ない要因を「女性側の要因」と「組織側の要因」に区分けして説明を試みています。
「女性側の要因」としては、「家族の状況」「就業意識」「昇進意欲」「出産育児による離職で就労勤続年数の不足」「ライフスタイル選好」「競争に対する態度の男女差」などをあげています。
他方で「組織側の要因」として、「職場における差別的制度」「ビジネス慣行」「社会的インフラの未整備」「長時間労働」などが挙げられていますが、特に組織の中での「権威主義」つまり「企業文化における権威主義的傾向」をとりあげて実際に実証研究を行っています。
著者たちは、パーソル研究所の「働く1万人の就業・成長定点調査 2021」の個票データを用い、全国15歳から69歳までの男女有職者1万人(国勢調査の就業人口比に従い抽出:女性は4411人)にインターネット調査をしており、データ不備等のものを除いて、男性4530人、女性2167人分が分析に使われています。
主な結果としては、権威主義的傾向が強い企業について次のようなことが明らかになりました。
(1)女性の場合管理職になりにくい傾向があること。
(2)権威主義の度合いによる昇進格差は男性より女性のほうが大きく、男性以上に女性は「課長以上」の管理職になりにくいこと。
(3)女性活躍に資する制度(「長時間労働の是正」「業務の見直し」「子育て介護等と仕事の両立支援」「女性の活躍しやすい環境整備」)との間には明確な関係性がみられなかったこと。
(4)上司による部下の支援が十分でない傾向があったこと。
(5)上司・同僚が残っているからという理由で残業したり、突発的な仕事に合わせて残業する傾向が強かったこと。
このように、日本企業においては世界の他国と比較して女性が管理職になりにくい特殊要因として「企業の権威主義的傾向」があるようです。
米国の女性管理職の現状をみる
次に、米国の女性管理職の現状をMcKensey & Company 社とLEAN IN社が共同で実施している、 Women in the Workplace という2023年版調査報告書の記載を通して眺めておきましょう。
この調査では米国の276の参加組織(雇用者総数1000万人以上)から情報を収集し、27000人以上の従業員を調査し多様なアイデンティティを持つ人々へのインタビューを実施しています。
最初に役職レベルごとにみた女性の割合です。
男性の場合、役職レベルが上にいくほど白人男性の割合が高くなっていきますが、有色男性ではやや低下しています.
女性の場合、役職レベルが上にいくにつれてその割合が大きく減少しますが、特に有色女性の場合それが顕著です。
次に、米国で女性管理職に関して一般に信じられていることと現実が乖離している点(神話と呼んでいます)を4つ提示しています。
「神話1」は「女性の上級職への野心は薄れてきている」ですが、これに関して調査してみると現実は違っていて「女性はパンデミック前よりも上級職に野心的になってきており、職場環境の柔軟性(リモート,ハイブリッド等)がその野心を加速させている」そうです。
「神話2」は「女性の活躍を阻む最大の障壁は「ガラスの天井」である」というものですが、現実は「「壊れたはしご(broken rung)」が女性の上級管理職への道で直面する最大の障壁」だそうです。
この点はこの連載の次回以降にくわしく紹介したいと思いますが、「壊れたはしご (The Broken Rung) 」とは「一般職から管理職に昇格する第一歩の「はしご」が男性と女性で同等でなく(女性は男性の7割しか管理職に昇格できていない)、そのためそれ以降の昇格にも影響が深刻に残る」ということです。
「神話3」は「マイクロアグレッション(microaggressions)の影響はマイクロである」というものですが、現実は「マイクロアグレッションは女性にとって大きくかつ永続的に影響を与える」ものであるということです。
「マイクロアグレッション」については第四回で少しくわしく見てみます。
「神話4」は「柔軟な働き方(職場環境など)を望んでおり、その恩恵を受けているのは主に女性である」というものですが、実際には「男性も女性も柔軟性は従業員にとっての利点のトップ3であり、会社の成功にとって不可欠であると女性たちは考えている」のだそうです。
世界の中の日本:韓国、フィリピン、マレーシア
以上、日本と米国の状況を見てきましたが、もう少し大きな視野で世界の状況をみてみましょう。
次の図は『国土交通白書2021』(p.58)に示されたデータで2020年の統計数値ですが、日本の管理的職業従事者の女性割合は13.3%となっていて、国際的にみても大きく及ばないことが明白です。
このグラフの海外諸国の中で特殊なケースがあと2か国あります。
一つは韓国で、日本と同様に管理職の女性割合が他国に比べて著しく低いことがわかります。
もう一つは逆の例フィリピンで、この国では管理職の女性割合が欧米諸国と比較しても飛びぬけて高いことが明らかです。
ではこの2か国では日本と同じく、なにか「特殊な要因」があるのでしょうか?
Cho et al. (2019) は韓国の多国籍企業のCEOを務めている15人にインタビュー調査で、これまでのキャリア形成過程で遭遇した困難とそれに対する対応策を聞き出し、結果を総合しています。
興味深いのは、彼女たちが遭遇した困難は大きく3つあって「伝統文化」「仕事ストレス」「ワーク・ライフ・バランス」だったことです。
この中で「仕事ストレス」「ワーク・ライフ・バランス」は世界中どこでもあることですが、彼女たちのいう「伝統文化」は韓国独自の困難ということになります。
インタビュー調査結果をみると、15人中10人が韓国固有の伝統文化が主要な困難であったと述べています。
その中身は「韓国社会に蔓延する男女不平等のため、キャリア形成期において率直な発言ができない雰囲気だった」「女性は従順であることが求められる」「男性優位の組織に適応できずにキャリアの早い時期に離職を経験した」「トップダウンの指揮系統に従うしかなかった」「韓国ではネットワーク構築の主導権は男性がにぎるので女性が入り込めない」などです。
このように、韓国社会では独自の伝統文化にねざした企業文化が存在し、それが女性が管理的地位に就きにくい大きな要因となっているようです。
一方、フィリピンはどうでしょうか?
そこでフィリピンの女性管理職の実情を報告した研究論文を探してみて、面白いものを見つけました。
この論文 (Osi and Teng-Calleja, 2021) の詳細は、この連載の別の機会にご紹介をいたしますが、ここでは管理職の女性割合が圧倒的に多い理由に関する部分だけ、先に紹介してみます。
この研究は、フィリピンで「男性優位の業界(女性が雇用全体の25%以下)」を代表する企業(会計監査,自動車,航空,銀行,金融,メディアなど)の会長、CEO、社長を務める女性7名に半構造化インタビュー調査を行っています。
対象者は、全員フィリピン生まれ、年齢は45-60歳(中央値,55歳)、子どもは2-3人、カトリック教徒で、「既婚」「離別」「別居」「未亡人」などの状況にありました。
主な質問は「どのようにして経営トップになったのか」「女性リーダーへの歩みのなかで遭遇した課題や障壁とその克服法」「キャリアの成功の要因」の三つです。
この論文で、回答者たちが言及している文化的要因に、幼い頃から大学時代までの「男女の機会平等の文化」があります.
「機会平等の文化」では、両親は「女性だから」という理由だけで教育の機会を与えなかったことはないし、学びでも仕事でも、何においてもうまくやるべきだということを奨励していたといいます。
また「機会平等の文化」の中で育ったことを強く印象づけたのは、韓国や日本などで「女性が男性の後ろを歩く」姿をみて衝撃を受け、フィリピンでは女性であることが不利に働かない、「ガラスの天井」がない恵まれた文化であることを痛感したということでした。
ところで、フィリピンの状況をみたらマレーシアが気になりました。
フィリピンは調査対象がキリスト教徒でしたので、イスラム教徒が主流の国であるマレーシアが気になったのです。
管理職の女性割合のグラフにもマレーシアは出てきましたし、日本,韓国とフィリピンのちょうど中間に位置しています。
そこで、マレーシアでの女性のキャリアに影響を与える要因を調査した研究を探したところ、最近の論文を見つけました。
Hussin et al. (2021) では、女性のキャリア開発の障壁(「ガラスの天井」)(6問)に、「個人的要因(6問)」「家族的要因(6問)」「組織的要因(4問)」そして「文化的要因(6問)」がどう影響を与えるかどうかを調べるために、163名の女性労働者(非管理職98名,管理職65名,既婚者90名)にアンケート調査を行っています。
「個人的要因」とは「自信のレベル」「個人的特性,性格」などのことです。
「家族的要因」とは、家庭内での女性の仕事、期待される役割などのことです。
「組織的要因」とは、女性のキャリア開発に影響を与える可能性のある組織内での施策や風土のことです。
「文化的要因」とは、基本的に宗教(主としてイスラム教)に基づく男性優位の家父長制や女性は男性に従順といった規範などのことです。
回帰分析を行った結果、女性のキャリア形成に特に大きな影響を与えているのは、家族的要因と組織的要因だったと特定しています。
個人的要因と文化的要因は、女性のキャリア形成に影響を与えていないことを示しています。
著者たちは、職場で女性たちは家庭や家族の問題を混同していない(つまり,職場と家庭を切り離して勤務している)ことを示しているといいます。
特に興味深いのは、文化的要因が女性のキャリア形成(「ガラスの天井」問題)には影響を与えていないという点です。
つまり、職場では女性は男性と同等の扱いをうけていることがわかるといいます。
著者たちは、同じイスラム圏であるアラブ地域で行われた研究で「アラブの働くイスラム教徒の女性は性差別に直面している」という報告がされていることを引用して、その違いに言及しています。
つまり文化的要因(イスラム教)の働く女性への影響は、地域によって異なっているということのようです。
以上がマレーシアからの研究報告でした。
おわりに
今回は女性管理職問題に関する連載の第一回ということで、女性管理職の現状を紹介してみました。
国際的にみて、女性管理職が極端に少ない日本と韓国、逆に、極端に多いフィリピンにスポットをあてるとともに、あわせてイスラム教徒の国、マレーシアと、世界の動向で標準的と思われるアメリカの現状も紹介しました。
これらの研究結果をまとめてみると、日本の「権威主義的傾向」韓国の「固有の伝統文化」は、いわば働く女性の足を引っ張ってきたのと比較して、幼少期から当たり前のように「男女の機会平等の文化」の中で子育てが行われてきていたことが、フィリピンが世界トップクラスの女性割合につながっているように思えます。
また、フィリピンとマレーシアを比較すると文化的要因としての宗教的な規範というのは、働く女性のキャリア形成という点に限ってみると、案外大きな影響は与えないのかもしれません。
アメリカでは「女性」とひとくくりにできない状況がありました。
多様な女性が働いていて、女性のキャリア形成問題も社会内部の多様性を踏まえないと有効な議論ができない状況が見えてきました。
ただ、それは日本社会における多様性問題を改めて意識させられます。
女性のキャリア形成の問題や支援策などの議論も、きめの細かい目配りが配慮がされないと必ず目が行き届かない女性たちができてしまうということに、改めて警鐘を鳴らしておきましょう。
次回は、女性管理職を雇用するとどのようなメリットがあるのか、女性管理職の「光」の部分を取り上げます。