【管理職をめざす女性の前にはどんな障壁があるのか】シリーズ 女性管理職の光と影 vol.3

「ガラスの天井」で知られる女性の管理職昇進をはばむ壁の本当の姿を知ろう

  

はじめに

今回は、管理職をめざそうとする女性の前にはどのような障壁があるのか、何がその前向きな姿勢をブロックしているのか、そのことに焦点をあててみましょう。

この分野は多くの研究の積み重ねがあって、個々の研究で抽出されてきた障壁や困難はじつに多様です。

管理職のレベルによってもそれらは異なる可能性がありますし、国や地域の状況(第一回で示したように文化的背景など)によっても異なります。

通常の管理職と経営リーダー(取締役、上級副社長、社長、会長、CEO、CFOなど)でも異なっているかもしれません。

そこでここでは、障壁や困難についての統合的・普遍的なリストを提示するのではなく、できるだけ多様な見方を示した論文を紹介しようと思います。

個々の論文の主張の間にある不一致に目を向けるのではなく、多様な見方を手に入れることを楽しんで読み進めていただけるとありがたいと思います。

ではさっそく紹介をはじめましょう。

 

女性管理職登用の壁をあらわす用語

Sherer (2021) はその博士論文のなかで、これまでの研究文献のレビューを通して、中間管理職の女性が上級管理職やCEOをめざす際に遭遇する「壁」をあらわす用語として次の4つのポピュラーな用語をあげています。

これらが、障壁を表す基本中の基本の用語といえます。

「ガラスの天井(The Glass Ceiling)」は、壁を表す最もポピュラーな用語で「女性が企業のヒエラルキーの上位の地位に就くことを妨げる目に見えない偏見や差別を表すメタファー」です。

「くっつく床(The Sticky Floor)」は、「女性が低賃金で異動のない職を占めキャリア階段の底辺にくっついている現象」のことを示す用語として用いられています。

「ガラスの崖(The Glass Cliff)」は、「「ガラスの天井」を打ち破った女性に次に現れる障害で、組織が危機や不安定な状況下で失敗や批判、心理的圧迫にさらされる可能性の高い地位が提供される現象」のことを指します。

そして「壊れたはしご(The Broken Rung)」は、「企業の昇進というはしごの中で女性が最も立場を失う重要なポイント(マネージャーへの最初のステップ)が壊れている現象」のことで、最近は、「ガラスの天井」よりも実態をよくあらわしている用語として用いられています。

これらの用語が女性が管理職をめざす際に遭遇する障壁としてもっともよく使われます。

 

女性がリーダー的役割に参加するのを妨げる障壁

次にChisholm-Burns et al. (2017) は、これまでの研究成果をふまえて組織のリーダー的役割に女性が参加するのを妨げる障壁を次のようにまとめています。

このリストには本人の内部障壁と本人を取り巻く外部障壁が含まれているようです。

「意識的/無意識的バイアス」は、本人自身も持っていることがありますし、組織内の同僚、上司、部下が自分と接する際に示すこともありますし、組織自体が組織文化としてそれを保持していることもあるでしょう。

「リーダーシップを追求するメンタリティの欠如」は、本人自身の問題(障壁)ということで昇進というキャリアアップが視野に入っていないということです。

「指導者・ロールモデル・スポンサーの不足」は、組織が本人に提供したり、組織の内部に存在していたりするものですがそれが不足していることが障壁となるというわけです。

特に女性のロールモデルの存在は重要です。

「ワーク・ライフ・バランスをサポートする施策の欠如」は組織の問題です。

「ワーク・ライフ・インテギュレーションの課題」は、本人が自分自身で両者(ワークとライフ)をどう統合するかという課題です。

「リーン・アウト現象」は、本人自身の決断の問題ですがそれに至るまでに組織がどのような支援策を提供しているかと深い関係があると思われます。

「内部・外部のネットワーク、認識、機会、リソースの欠如」は、本人自身の努力と組織の努力の両方と関連していると思いますが努力ではどうにもならない場合があることもたしかでしょう。

 

リーダー的地位を目指す女性が直面する障壁

Galsanjigmed & Sekiguchi (2023) は、経営学、キャリア研究に関連する文献の包括的なレビューを行い、組織においてリーダー的地位を目指す女性が直面するさまざまな障壁(要因)を幅広く収集し、それらを外的要因と内的要因にわけてジェンダーの観点から検証を行っています。

管理職をめざす女性の前に出現する障壁を総合的に考えるうえで出発点になりそうです。

次の表は、著者がとりまとめた「障壁」のリストで外的要因と内的要因に区分され、それぞれ、用語と定義が示されていますので参考にしてください。

以後に出てくる論文で使われている用語の解説としても使えます。

外的要因のなかの「ジェンダー・バイアス」「ジェンダー・ステレオタイプ」や、内的要因の4つは女性がリーダー的地位をめざす場合、女性がリーダーになった場合だけでなく、もっと幅広く女性が働く場面全体で問題になる要因です。

それ以外の要因は、女性がリーダー的地位をめざす場合や女性リーダーが仕事を行う際に直面する障壁といえます。

さらに、リーダー的地位をめざす女性が経験するこれらの障壁(要因)間の相互関連を著者が説明した統合モデルの図も参考のために提示しておきます。

最深部(一番の根っこの部分)に「ジェンダーバイアス」「ジェンダーステレオタイプ」がどっしり構えています。

これは、社会的文化的に形成されていて非常に強力なものですが、そのわりに人々は注視していないことが多い要因です。

これが「ガラスの天井」や「くっつく床」という要因を生み出し、その先に「マネージャーは男性」という重要でやっかいな要因がひかえています。

「マネージャーは男性」というのは上の表の定義の部分でわかる通り、マネージャーという役割自体が私たちの社会では男性が果たすとされる性役割にフィットしているとみなされていることを表しています。

そのため、「社会の中で女性が果たすとされる性役割」を担っている「はず」の女性が、男性が果たすべきとされるマネージャーという役割を担うというのは「場違い」だろうという思い込みにつながります。

女性がそう思われるということだけでなく、女性自身もそう思っていることもよくあります。

男性も女性もそう思い込みやすいということですが、それは「ジェンダーバイアス」「ジェンダーステレオタイプ」の仕業だということです。

この「マネージャーは男性」という要因が女性がリーダー的地位をめざす、リーダーとして仕事をする上で、最も大きな影響力を持っていることは、そこから多くの矢印が出ていることでわかると思います。

他の4つの外部要因(「危機には女性」を入れると5つの要因)と4つすべての内部要因に影響を与えています。

 

女性管理職のジェンダーバイアスを測定する

 

これまでの説明でも出てきましたが、ジェンダーバイアスは障壁のなかでももっとも中核的なものです。

Diehl et al. (2020) は、女性管理職が経験したり認識したりする障壁をジェンダーバイアスの視点で収集・整理し、それに基づいて、女性管理職がジェンダーバイアをス測定するための尺度を開発しています。

以下に示したように、6つの高次要因と15の低次要因に整理したジェンダーバイアスのカテゴリーが構成されており、例に示したような質問項目群(総数47項目)で、尺度が作られています。

ただし、この表では、質問項目のすべてを掲載しているわけではなく、それぞれの要因について例を一つ示すだけに留めてあります。

ちなみに、著者はこの完成した尺度を利用して「離職志向」と各要因、「仕事満足度」と各要因の間の関連性を調べる試行を行っています。

それによると「離職志向」と正の関連性が見られたのが「男性文化」と「女王蜂症候群」で、「仕事満足度」と負の相関が見られたのが「男性文化」でした。

「男性文化」が女性管理職にとっても重大なジェンダーバイアスだということは予測がついたのですが、「女王蜂症候群」が女性管理職の「仕事満足度」にネガティブに働くというのは新しい発見でした。

「女王蜂症候群」とはどんなものでどんな研究がされているのかについては、次回くわしく紹介する予定です。

 

管理職の女性割合トップの国の女性管理職が経験してきた障壁

最後に、第一回で紹介した管理職に占める女性割合が世界でトップの国フィリピンで、女性管理職はどのような障壁や困難に遭遇してきたのか、それを取り扱った論文で紹介をしてみたいと思います。

(第1回で、「男女の機会平等の文化」に関しては、すでにお話をいたしましたので、一部、繰り返しになりますが、お許しください。)

Osi and Teng-Calleja (2021) は、フィリピンで「男性優位の業界(女性が雇用全体の25%以下)」を代表する企業(会計監査、自動車、航空、銀行、金融、メディアなど)の会長、CEO、社長を務める女性7名に半構造化インタビュー調査を行っています。

対象者は、全員フィリピン生まれ、年齢は45-60歳(中央値、55歳)、子どもは2-3人、カトリック教徒で、既婚、離別、別居、未亡人などの状況にありました。

主な質問は「どのようなキャリアパスを経て経営トップになったのか」「女性リーダーへの歩みのなかで遭遇した課題や障壁とその克服法」「キャリアの成功の要因」の三つです。

次の図は、女性CEOたちのインタビューでの回答を著者たちがまとめたものです。

この図から次のようなことがまとめられています。

(1) 現在までの道のりは三つの段階(成長期、キャリア成長・家族の世話、CEO への道・CEO としての仕事)に区分されること。

(2) 各段階で乗り越えなければならなかった要因・要素。

(3) 各段階での成功の要因・要素。

(4) それらの組織的・家族的側面との関連性。

(5) 女性の母性責任や家庭責任を強調する社会で「ビジネスリーダー」「妻」「母親」としての役割のバランスをとるときに経験する文化的に形成された緊張関係。

簡単に個別の部分をみてみましょう。

成長期、つまり幼い頃から大学時代までの話ですが、成功要因として「男女の機会平等の文化」、克服しなくてはならなかった課題要因として「女性は家事を担うべき」という規範をあげています。

「機会平等の文化」は第一回で説明したとおりですが、両親は「女性だから」という理由だけで教育の機会を与えなかったことはないし、学びでも仕事でも、何においてもうまくやるべきだということを奨励していたといいます。

また「機会平等の文化」の中で育ったことを強く印象づけたのは、韓国や日本などで「女性が男性の後ろを歩く」姿をみて衝撃を受け、フィリピンでは女性であることが不利に働かない、「ガラスの天井」がない恵まれた文化であることを痛感したということでした。

「女性は家事を担うべき」という文化的規範は生きており、その点では、男女に二重基準がありましたが、女性の成功とは通常の「家事をする」ことではなく「家庭の経済的ニーズを賄えるかどうか」だったといいます。

キャリア成長(就職してキャリアを始めた時期)、そして子育て期(家族の世話)では、成功要因として「キャリアパスと多様化」、課題要因として「母親としての期待」があがっています。

「キャリアパスと多様化」では、これまでの経歴のなかで勤務した会社が組織的に社員のキャリアパス、ジェンダー多様性に関するプログラムを提供してくれていたこと、また会社が人事面で多様性を重視していたことを指摘しており、そのような組織風土がフィリピンにあるということでしょう。

「母親としての期待」では、彼女たちもやはり子育て期の「子どもとの時間がとれない」「子育てに自信がなくなる」「子どもたちに寂しい思いをさせていないか」といった感情に苛まれたといいます。

CEO への道・CEO としての仕事において感じている成功要因と課題要因はいくつかあります。

成功要因としては、「理解のある夫」のサポート、メンター(男性)やロールモデルの存在を指摘しています。

一方で課題要因はたくさんあって「取締役会の中での自分の存在がうすい」「女性だからという理由での差別(たとえば、男性だったら絶対にされないような質問をされる)」「リーダーとしてではなく女性としてみられる」「夫のエゴをどう管理するか」などがあがりました。

CEO として活躍するまでに身についてきた、気質、特性、特徴については、次のような例があがってきました。

「スピリチュアリティ」は、彼女たちが全員キリスト教徒であることと関連しますが、「個人的なジレンマや危機に陥ったときに落ち着きと安心感を与えてくれる神なる存在に対する深い畏敬の念と信頼」です。

「競争的だけれども野心的ではない」は、CEO になってからは競争的に仕事に励んできたが、もともとCEO になりたいと思っていたわけではなく消極的だったのだが、何度も説得されて就任することになったと述べています。

「自分の気持ちを公言する」では、CEO としてではなく女性として見られていることが多いので、自分の考えや気持ちをより「直接的」「率直」に(つまり、「女性が得意な表現方法」を用いて)表現するようにしているといいます。

「「自分ならできる」という態度」はすべてのCEO が共有する前向きな態度で、どのような問題に直面してもすべての責任を受け入れて「決してノーとは言わない」のだそうです。

「説明責任」は、自分たちの決断がすべて正しかったわけではないことに同意し、その責任を認めます。

「自己学習、継続的自己開発に前向き」は文字通りで、つねに自分を高めていく機会を追求しつづけるということです。

以上、フィリピンの女性管理職の経験してきた障壁、困難要因と成功要因をみてきましたが、特にフィリピンに特有な障壁や困難というものは見られないようで、その内容はどこの国の女性管理職も経験するような内容でした。

 

おわりに

今回は、管理職をめざす女性が遭遇する障壁、あるいは、管理職にある女性が管理職に就く前に経験した障壁を取り上げて海外の研究の知見を紹介してみました。

正直言って、多様すぎというか多すぎます。

日本で働く女性の方々もこれらの多様性には驚かれたかもしれません。

なかには、あまり意識したことはないような障壁があって「そう言われればそういうところがあるね」と思っていただける部分が少しでもあればこの記事は成功したといえるでしょう。

いかがだったでしょうか?

次回は、女性管理職の方々がその業務で成功していくために、気を付けなくてはならないこと、注意すべき課題に関する研究を紹介したいと思います。

Who is writing

神戸大学名誉教授・東京理科大学名誉教授/株式会社経営人事パートナーズ 海外文献リサーチャー

研究者としてのキャリアは、 教育学としての科学教育学から。

その後近代科学の異文化性を中核に据え、 異文化としての科学と人間の関係性を、 教育という切り口から研究してきた。

約40年、 合計4つの大学で教員を務め、定年退職を機に、 教育活動、研究活動の中で最も好きで、最も専門的スキルをみがいてきた、 海外文献の調査 探索 検索収集・分析・要約の活動をフリーランスとして行っている。

未知の研究領域 (人文社会科学系) について学ぶことは、 自分の知的好奇心を満たせることなのだが、 現代社会の中で、このような活動と成果を求めているセクターがあることがしだいに明らかになってきて、 その顕在的・潜在的なニースにささやかながら応えられることが楽しいしうれしい。

教育学、歴史学 、 人類学、 民族学、 民俗学、 社会学、 人材開発、 言語学、 コミュニケーション、 などなど、 知らない分野の研究を覗いてきたが、今回は、HRM や人事採用に関する海外文献の調査研究ということで、 また新しい世界を覗ける機会を得てわくわくしている。

HRM や人事採用については、アウトサイダーであるが、 であるがゆえに、インサイダーの方々とはちょっと違った見方も示せればよいかなと思ったりしている。

チャレンジできる仕事に出会えて感謝。