リスキリングのために今すべきこと:自分の「知性」と「知恵」を知る

自らが持つ「知性」と「知恵」というビジネスパーソンとしての資源を知る方法についてご紹介します。

  

なぜ今、人の「知性」と「知恵」が重要なのか

急速なDX推進やAIの進化により、これまでの経験や知識のアップデートが通用しなくなってきた現代、どうリスキリングしていけばよいのか・・・。

そのために今なにをするべきか・・・。

現代の多くのビジネスパーソンが直面している問題です。

今まさに、あなたがリスキリングについて考えているのなら、最初にすべきことがあります。

それは、ビジネスパーソンである「自分」が持つべき「知性」と「知恵」という資源を客観的に知ること、です。

ここで言う「知性」は、物事のとらえ方を指します。

一方、「知恵」は、深い理解や賢明な判断による問題解決能力など、人生を生きる能力を指します。

獲得したスキルはやがて陳腐化し、時代によって要求も変わっていきます。

しかし、高い「知性」と「知恵」は、いつの時代もビジネスパーソンとしての基盤であることに変わりは無く、あなたのスキルを支える武器となるものです。

両者を向上させることによって、複雑化する世界に対してより深い理解力と洞察力を得、高い問題解決能力を発揮していくことができます。

本気でリスキリングをするなら、まずは「知性」と「知恵」を磨くための最初の一歩を踏み出しませんか。

「知性」と「知恵」を向上させるにはどうすればよいか

まずは、「知性」と「知恵」が何であるかを知り、その発達的性質を理解することが重要です。

以前は、「ある程度の年齢になると人は変われない」「大人になってからは人は成長できない」などの主張が通説とされていました。

今でもそういった考えを耳にすることもあるのではないでしょうか。

確かに、大人になると一部の人は学習意欲が低下したと感じることもあるため、成長や知性の発達が停滞するように感じられるかもしれません。

しかし、古い通説に反し、1990年代以降、脳科学や科学的研究が進み、大人の脳は経験による学習や環境の変化に応じて、終生変化や成長を遂げることが明らかにされています。

「知性」と「知恵」は、ともに成人以降も発達することが、多くの研究結果から示されています。

「知性」はどう発達するか

「知性」は、新しい知識の蓄積以上のものです。

蓄積された知識や自己の価値観などに基づく、「物事のとらえ方」を指します。

ハーバード大学教育大学院教授Robert Kegan氏の発達理論は、”知性の発達は人の生涯にわたり起こる”との前提に基づいています。

この理論では、知性発達を生む人の意識の構造を、Stage 1~5の「意識の発達段階」として説明しています。

ここでは、意識の発達=「知性」とします。

知性が発達すると、物事の受け止め方が変わっていきます。

知性とは、自分が世界を見るレンズです。

使えるレンズの種類によって、物事のとらえ方や解釈が変わり、行動が変わっていきます。

早期の知性段階では、人は自己中心的なレンズしか持ち合わせていません。

段階が進むにつれ、他者のレンズを取り入れ、複雑な状況や矛盾を理解し、受け入れることができます。

そのような器の大きさを得て、高い知性段階に到達すると、物事に適確に対処できるようになります。

持っているレンズが違えば、同じ情報を受けとっても選択する行動は全く異なるということです。

持っているレンズが違えば、同じレベルのスキルを持っていても、その使い方が全く異なるということです。

知性には、感情的、認知的(考え方や視点)、社会的(人との関わり方)な要素が含まれます。

これら要素がどのように組合わされるかが、人の物事のとらえ方に影響します。

(表1参照。成人の知性発達に係るStage 2以降を示す。)

表1.意識の発達段階

(本論文および「なぜ人と組織は変われないのか」参照により作成)

知性の段階が進んでいくと、客観視できる物事が増えることになります。

客観視できる物事は、人は振り回されるのではなく、コントロールすることができます。

例えば、以前は自動的に対応していたり、感情的に反応していた物事に対し、自分の反応を客観視できるようになります。

客観視できると、自分の行動をコントロールし、今度は別の対応を取るようになります。

それまでの思考や行動パターン、感情や性格を客観的に理解することで、以前は見えていなかったクセを克服できます。

そして、自分が縛られていた思い込みや強力な固定観念から解放されていきます。

自らコントロールできる範囲を増やすことができれば、もっと自由で柔軟な考え方を身に着け、より賢明な行動を選択できるのです。

図1. 意識の発達段階の移行(本論文参照により作成)

しかし、知性の発達は非常に長期的で複雑なプロセスであり、新たな段階へ進むことは容易ではありません。

約半数の成人が、Stage 3(他者依存段階)、もしくはStage 3からStage 4(自己主導段階)への移行期にあります。

最終段階のStage 5(自己変容段階)への到達率は0~1%未満であるため、いかに困難なことであると分かります。

19~55歳の成人のうち、各発達段階にある人の割合は、以下の様に示されています※3

  • Stage 5: 0% (上記調査対象年齢より高齢では到達が認められる可能性がある。他の研究では、成人の1%未満とされている。)
  • Stage 4~5への移行: 3~6% 
  • Stage 4:   18~34%
  • Stage 3あるいはStage 4への移行期:   43~46%
  • Stage 2 あるいはStage 3への移行期:  13~36% 

※3 数値は、A summary of the Constructive-Developmental Theory Of Robert Kegan, Gennifer Garvey Berger, 2003 より引用

「知恵」はどう得られるのか

一方、人の「知恵」(Wisdom)については、海外では実証的研究が1990年代から実施されてきました。

(日本語では、知恵、英知、賢明さ、などと訳されますが、この記事では「知恵」とします。)

少し堅苦しい話ですが、知恵とは、心理学者らによる有力な理論によると、

「人間の状況における複雑で不確かな問題に関し、人生での基本的な実践において卓越した洞察力、判断力を発揮し、アドバイスを可能にする高度な能力」

のことを指します。(Staudinger & Law, 2016)

なんだかややこしい表現ですね。

私たちは、日常的に様々な状況や場面で、当たり前の様により良い結果につながるための選択をしています。

例えば、目標を設定する、時間やお金を管理する、人と関わり意思を伝える、休暇を取る、何か新しいことを始める、など。

”人生での基本的な実践”には、このようなあらゆる行動が広く含まれます。

知恵ある人は、複雑かつ不確かな状況でも、賢明に判断し、決断し、物事を解決できる能力を持っています。

知恵の指標としては、

  • 自己内省能力:自分の考え、動機、行動を理解することの傾向
  • 他者への共感能力:共感、思いやりや良心的行動の傾向
  • 情動調節能力:意思決定を妨げるネガティブな情動やストレスをコントロールできる能力
  • 異なる視点の受容能力:他者の視点を学ぶことへの関心、オープンな姿勢
  • 意思決定能力: タイムリーに意思決定を下す能力
  • 助言能力:他人に良い助言を与える能力
  • 精神性:自然や芸術、神聖なものに対する傾倒

といったものがあり、これらを高めることによって知恵を発揮することができます。

ところで話は変わりますが、AIは、膨大な量のデータを処理し、人の問題解決を助けることができます。

しかし、AIは、人間のように自己内省したり、他者を理解したり、異なる視点を学んで意思決定をすることはできません。

これらの指標にもとづく知恵の要素は、人特有の力です。

つまり、知恵とは、一言で「人生を生きる能力」と言えます。

知恵は、人間が生き抜くために必要な力です。

知恵があれば、困難な状況に直面しても、自分の人生を切り開いて生きていくことができます。

今、人特有のこの能力を伸ばす努力を始めることによって、複雑化する環境に適応し、不確実な時代を生き抜いていくことができます。

知恵も発達的性質があり、発達に先行する条件があります。

それは、人生での重要な経験や変化である、とされています。

しかし、にこれらの重要な「経験」を積むだけでは知恵は発達しません。

知恵の発達は、人生のある時期で必ず起こるものではないのです。

自己や他者にとって良い結果を生むために、異なる考え方や経験を調和させるプロセスを経て、知恵が発達していきます。

これには意図的な努力を必要とします。

もっと詳細については、後ほど述べることとします。

今の自分のレベルを知るには

ここまでは、知性と知恵の発達について見てきました。

知性は、「物事のとらえ方」を指します。

個人が、物事をとらえるレンズです。

知恵は、「人生を生きる能力」を指します。

知性よりも、もっと幅広い意味の能力ですね。

両者には、思考や価値観に関する傾向、自己の在り方、他者とのかかわり方、などの共通する要素があります。

また、努力によって発達させることができ、発達の結果、複雑さへの対処能力が向上する、ということも共通しています。

以下の表を見て、今の自分のレベルを知るための参考にしてみてください。

表2. 知性と知恵の発達の進行(参考文献より作成)

また、より詳しいスケールを使うことで、今の自分の知性と知恵の傾向がわかります。

興味のある方は、ぜひトライしてください。

■知性の評価スケール* (Excelファイルを添付)

*Kegan氏の発達理論を用いて医学生や指導医向けに開発されたスケールであるが、専門分野を問わず適用できる可能性が示されている。

出典:https://bmcmededuc.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12909-020-1942-y

■知恵の評価スケール (Excelファイルを添付) SD-WISE (ucsd.edu)

さらに高い段階へ行くために必要なことは

知性は、発達の過程で、停滞や移動を繰り返しながら進んでいくと考えられています。

したがって、人によっては、ある段階 (Stage)に滞まるよりもはるかに長い期間、次の(Stage)への移行期(Transition)の状態にあることも考えられます。

その発達過程は非常に複雑であり、また個人間でも多様なものです。

社会的環境や状況によっては、同時に複数の段階に存在する場合もあります。

(例えば、職場での意識はStage 4の自己主導段階的側面を持ちつつも、家庭内での行動は主にStage 3の他者依存段階的側面が見られる、など)

進みつつ、戻りつつ・・・と生涯をかけて発達するのですから、非常に先の長いプロセスですね。

より高いStageへ到達した時にはどんな景色が見えるのでしょうか。

どうすれば、そこへたどり着けるのでしょうか。

多くの研究結果から、知性発達のきっかけとなる事柄がわかっています。

それは、葛藤や、不確実性、疑念、危機を伴うネガティブな経験なのです。

不安や幻滅、挫折、分断、衝突といった苦しい感情をもたらすこれらの経験が、ジレンマとなり変容的体験として発達に関与する「教育的入口」である、とされています。(Taylor, 2007)

自己の限界に直面した時の不安定な心理状況や、将来を見失うなど、苦悩を伴う時期から人の変容が促されると言えます。

例えば、業績不振や人間関係など職場での様々な問題、異動、転職などの重要なイベントをきっかけにしたストレス。

あるいは育児や介護、不和といった家庭内でのストレスかもしれません。

抱える悩みは人それぞれですが、誰もが日常の中で多くの壁に向き合う困難な時期を経験します。

これらの経験を前向きに乗り越えることで、徐々により高い知性へ向かうというのは誰もがうなずけるのではないでしょうか。

また、知性と同様、知恵の発達にも、同じことが明らかにされています。

人生の緊急事態を前向きに解決したとき、この危機的状況への反応に対する自省能力や、自己の中にある暗黙の前提を検証する意思を伴った時期から知恵が出現し、同時に変容をもたらす、とされています。(Baltes and Smith, 1997)

ネガティブな経験を、「検証する」姿勢こそが重要なのです。

単なる経験値と、そこから学びを得て成長に向かうこととは全く別物です。

ネガティブな経験という「教育的入り口」から、内省し自ら変容を促す、というプロセスを歩めるのかどうか。

この階段を上る意思を持ち続ける人だけが、長期的な結果として高い「知性」と「知恵」を得られるとわかります。(図2.参照)

図2.発達移行の概念図(本論文参照により作成)

まとめ

以上、リスキリングを考えたらまずすべきこととして、自分の「知性」と「知恵」のレベルを知ること、両者を高める方法、について説明してきました。

これらの発達過程は、非常に複雑かつ多様であり、長期的な努力を通じて得られるものです。

自身による意識的な振り返りや内省を通じて、また専門家に相談することによって、過去の経験を新たな視点でとらえ、洞察を得ることができます。

これにより自身の感情や行動パターンの背後にある要因を探求し、自己変容を促進することができます。

ネガティブな経験とは、特に振り返ること自体にストレスを伴うことが多いものです。

しかし、消化しないまま解釈が変わっていないとすると、それは経験をただ過ごしているだけになります。

とすると、成長の機会を逃している可能性があります。

多くの現代人が今、リスキリングを模索しています。

しかし、知性や知恵といった内面的要素は非常に抽象的であるため、見落とされがちです。

自らその必要性に気付き、変容に向けて何らかの行動を取った人が、高い段階へ到達できます。

高い知性と知恵は、いつの時代もあなたのスキルを支える武器となります。

まずは今の到達段階を知ることが、DX時代を生き残るビジネスパーソンにとって必要なことではないでしょうか。

参考文献:

”Wisdom Development of Leaders: A Constructive Developmental Perspective” John E. Barbuto, Jr., California State University at Fullerton, USA, Michele L. Millard, Creighton University, USA IJLS_Vol7Iss2_Barbuto_pp233-245.pdf (regent.edu)

“Wisdom” Staudinger, Law, 2016 https://www.ursulastaudinger.com/wp-content/uploads/2017/08/Staudinger-and-Law-Wisdom.pdf

“Wisdom” Baltes, Staudinger, 2000 https://library.mpib-berlin.mpg.de/ft/pb/PB_Wisdom_2000.pdf

「なぜ人と組織は変われないのか」ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著

“A summary of the Constructive-Developmental Theory Of Robert Kegan” Gennifer Garvey Berger, 2003 https://www.beeleaf.com/wp-content/uploads/2017/09/Kegan-constructive-development-of-adults-narrative.pdf

evidence-based wisdom Translating the new science of wisdom research

Abbreviated San Diego Wisdom Scale (SD-WISE-7) and Jeste-Thomas Wisdom Index (JTWI) | International Psychogeriatrics | Cambridge Core

Scales to evaluate developmental stage and professional identity formation in medical students, residents, and experienced doctors | BMC Medical Education | Full Text (biomedcentral.com)

Development of a scale to evaluate medical professional identity formation | BMC Medical Education | Full Text (biomedcentral.com)

Who is writing

山極 毅(やまぎわ たけし)
株式会社経営人事パートナーズ 代表取締役
横浜国立大学大学院工学研究科卒業

元日産自動車グローバル人事部長 兼日本人事企画部長
日本交流分析学会正会員

”人は、会社がなくても生きていける。 しかし、会社は人がいなければ存続できない。”

2009年12月、もうすぐ冬季休暇になるある日、私は人事部長に呼ばれました。そして、このように告げられました。

「来年の4月1日付けで、本社のグローバル人事部の部長職に異動してもらうことになりました。詳しい仕事の内容は、着任後に上司の役員から聞いてください」

私の人事部人生は、このように突然始まりました。

4月に着任し、そのアメリカ人上司のところに行くと、

「あなたには、世界中の社員の採用と離職に伴う人員の変動と、日産グループ全体の人件費管理をやってもらいます」と言われました。

人事部経験の無い私に、なぜそのような重要な仕事を任せるのですか?と聞いてみたところ、「今の人事部は、数値の扱い方が出来ていない。エンジニアと商品企画の経験を活かして、人的資源管理(リソースマネジメント)を会社に定着させて欲しいのです」、という答えが返ってきました。

経験も前例もない仕事ですから、それからしばらくは悪戦苦闘の日々が続きました。古くから人事部にいる先輩や同僚だけでなく、社外の知恵も聞きに行きました。

前例のない悪戦苦闘の3年が過ぎた頃、私のチームはグローバル社員数25万人と、毎月1万人の人の出入りを管理し、約1兆円の人件費の活用状況を毎月役員会にレポートできるまで成長していました。

日本の連結会社のデータは稼働15日で、全世界のデータは稼働25日でまとめられるようになっていました。

これらの経験を通して得られた教訓は、「すべての人事業務は、連携させて考えた方が上手くいく」ということでした。

採用は採用チームの問題、人材育成は育成チームの問題、人事評価は評価制度チームの問題、賃金テーブルは経理部門が検討する課題というように、課題ごとに対応策を考えていくことが、効率的な方策であると信じられています。

ギリシアの思想家アリストテレスは、「全体は部分の総和に勝る」という名言を残しました。これは、全体には部分の総和以上の構造が存在していることを示しています。

人間だれしも、自分のことを客観視することは難しいわけですが、同じことは会社にも当てはまります。

弊社は、様々な成功例と失敗例を見てきた知識と経験を応用して、お客様の人事課題を客観的に把握し、共に解決策を考えるパートナーとなることを目指しています。