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はじめに
今回は、女性管理職を雇用することには雇用主側にどのようなメリットがあるのかということを取り扱った研究を紹介したいと思います。
前回も見てきたように、日本では女性管理職の登用は他国に比べて決して多くはありませんが、近年では少しずつ増加してきています。
企業組織が女性管理職を登用するという決断をすると、何か実質的なメリットがあることが明確であれば、この流れがさらに加速することになるでしょう。
ところで、前回も紹介した内閣府男女共同参画局が令和5年11月24日付で公開している『男女共同参画の現状と女性版骨太の方針2023について』という資料ですが、その6ページ(ページ番号は5)に「企業が女性活躍に取り組むことのメリット」が書かれています。

それによると、(1) 女性活躍の状況が投資判断で重視されている、(2) 女性が活躍できる企業のPBRの平均値は東証一部平均よりも高い、(3) 役員に女性がいる企業のパフォーマンスは高い傾向にある、(4) 取締役会における女性割合が高い企業ほど株価パフォーマンスは高い、だそうです.
今回はこの記述に触発されて、関連する研究を調べてみました。
では海外での研究をながめていきましょう。
女性管理職を登用するメリットと影響力

Chisholm-Burns et al. (2017) は、過去の研究をレビューして女性を管理職に登用するメリットを次のようにまとめています。
まず、リーダーシップに女性を含めることで「企業価値」「財務実績」「経済成長」「イノベーション」「倒産リスク」「社会的対応力」「慈善活動」が大幅に改善されると指摘しています。
また、女性取締役数がきわめて多い企業では「自己資本利益率」「売上高利益率」「投下資本利益率」が顕著に高いといいます。
女性が取締役会に加わることのその他の利点としては、「より厳格な監視」「詐欺・横領等の法的違反の減少」があげられ、女性取締役は既存の階層構造に挑戦的にリーダーシップを発揮するというメリットがあり、自社に対してより厳格な管理人になる傾向があるとも述べています。
同じ論文で、著者は女性管理職の影響がなぜ大きいのかについて次のような説明をしています。
まず、過度の同一性(男性中心)は批判的思考を制御し満足と自信過剰を招くのですが、その点を女性管理職が入ることで緩和することになります。
また、女性管理職は男性とは異なる視点と新しいアイディアを提供する優れた能力を備えていると指摘します。
女性管理職のリーダーシップスタイルは変革的リーダーシップが多く、「従業員の士気」「モチベーション」「パフォーマンス」を促進します。
女性メンバーが多いと集合知が高いことがわかっていて、それは「社会的感受性」「社会的背景」に対する認識に関連していることも知られているといいます。
そのためチームに女性が加わるとチームのパフォーマンスが向上するようです。
最後に、女性が使うリーダーシップ行動で組織パフォーマンスに重要なものとして「インスピレーション」「期待と報酬」「参加型意思決定」「知的刺激」を特定して紹介しています。
女性を経営トップにすると企業業績や市場の反応は?

Doan & Iskandar-Datta (2018) は、企業が女性を経営トップに据えた場合の企業業績の変化や女性が経営トップに就任したという情報が公表された時点の株式市場の反応を調べています。
米国のExecuCompのS&P1500企業(1994-2016年)のなかから女性CFO 1349人を選び、彼女たちの任命発表日を特定してその日の前後の累積異常収益率(CAR)を使って市場の反応を調べています。
この研究で明らかになったことは、まず女性CFO任命に対する投資家の反応は不確実性と関連していて、不確実性が高い企業では反応が相対的に低く、不確実性が低い企業では逆に投資家の反応は高くなりました。
女性CFOは価格変動(volatility)が少ない環境で事業を展開している企業の企業業績を大幅に向上させることがわかりました。
女性CFO(特に「自信過剰」でない女性CFO)の企業(特に「不確実性の低い」企業)では、企業業績が改善しているそうです。
この場合の業績改善は「コスト削減」と「運転資金管理」の改善で生じていることがわかったということです。
また女性経営者は男性経営者に比べて「自信過剰」でないことも、証拠に戻づいて言えると報告しています。
最後に、女性経営者は男性経営者に比べて「リスク回避」戦略を採用する可能性が高いことも指摘しています。
経営者が女性の場合資金調達にどのような影響が出る?

Datta et al. (2021) は、企業の債務構造(債務満期)の選択に経営トップの性別がどう影響するかを検討しています。
米国の工業系企業(COMPUSTATのCRSPデータベースに登録されている)の1992-2014年の企業年観測値14461件を分析対象として「3年後,5年後に支払われる長期債務」に関するデータを分析しています。
そこで明らかになったのは、女性経営者は株主の利益と一致して「満期の短い債務」を選択していたことです。
この場合、債務満期構造に影響を与える可能性のある他の要因の影響は調整してあるので、この結果は信頼度が高いといえます。
具体的には、女性経営者のいる企業では短期債務の利用が「3年満期」で13.85%、「5年満期」で9.63%増加していたそうです。
次に、女性経営者は給与パッケージに含まれるインセンティブ報酬の割合が高くなるほど、さらに短い満期の債務を選択する傾向がみられたそうです。
ただ取締役会の女性取締役の数が増えると短期債務利用に対する女性経営者の影響力が弱まりました。
それから、女性が経営トップにいる企業では高い企業信用格付けの恩恵を受けていました。
女性経営者の高い倫理感受性が有価証券の価格設定にプラスの影響を与え、短期債務に伴う借り換えリスクを補っていると著者たちは考察しています。
女性が経営者・取締役になると企業業績は?

次に中国での研究を紹介しましょう。
中国では、女性経営者の比率が米国に比べて有意に高く、CEOは5.0%(米国は2.2%)、CFOは26.2%(米国は8.8%)ですが、取締役会の女性メンバーが入っているのは中国で11.2%、米国で10.0%と有意差はありませんでした。
Xing et al. (2021) は,中国の上場企業(金融・公益企業を除く)2325社のべ17585件の年度観測値(2000-2014)を対象として、経営者(CEO、CFO)に女性が就任している場合とそうでない場合で企業収益(総資産利益率(ROA))を比較しています。
その結果明らかになったことは、経営者が女性の場合取締役会の女性割合が高いほどROAが増加したということです。
また女性は男性よりも業績の悪い企業のトップに任命される可能性が高いこともわかりました。
女性経営者と女性取締役との間で正の相互作用が起こるのは、経営者が就任して1年だけで2年目からは相互作用は消失するそうです。
女性同士の相互作用については、最も業績の悪い企業群では逆に収益管理を悪化させることがわかりましたが、これは最も不安的な状況で任命され過度のプレッシャーにみまわれるからではないかと著者たちは推測しています。
一方、株式市場(投資家)の反応はというと取締役会に女性が参加していてさらに経営者が女性である場合には、ネガティブになることが明らかになったと述べています。
非業務遂行取締役や独立社外取締役が女性の場合企業業績との関係は?

次も中国での研究ですが、Ting et al. (2021) は、女性の非業務遂行取締役 (non-executive directors) や独立社外取締役 (independent directors) が企業業績とどう関係するのかを中国と台湾の銀行と金融系企業を事例にして分析しています。
サンプルは2010-2014年の中国の銀行(14行)と台湾の金融持株会社(15行)で、財務データは台湾経済日報(TEJ)データベースから取得され、最終的に145社/年のデータが得られています。
企業業績に関連する指標として用いられたのは「企業規模」「負債比率」「損益」などです。
分析から明らかになったことは、(1) 女性の非業務遂行取締役が多いほど企業業績が向上すること、(2) 女性の業務執行取締役がいる企業はいない企業よりも業績が優れていたこと、(3) 取締役会における女性取締役の割合が高いほど企業業績は向上すること、の3点でした。
これらの結果は他国でこれまで行われた類似した研究群の知見と一致していると述べています。
しかしながら、女性の独立社外取締役の存在は企業業績の決定要因ではなかったことも追記しています。
中間管理職の女性割合と企業業績の関係は?

ところで、Ferrary & Deo (2022) は、ジェンダー多様性と企業業績の過去の研究群を振り返って、企業のトップや取締役会に女性が就任することと企業業績の向上との関連に関する研究の結果には「ばらつき」があって、一概に「業績が向上する」とまではまだ断言できない状況にあると指摘しています。
そこで著者たちは経営トップではなく「従業員全体での女性割合」「中間管理職での女性割合」に着目した研究を行っています。
従業員(スタッフ)は企業の運用計画を実行する運用担当者であるため、性別の多様性はグループのダイナミックスとパフォーマンスに影響を与えるといいます。
たとえば、店舗従業員の多様性を顧客の多様性に合わせると店舗のパフォーマンスにプラスに働くといった研究もあるそうです。
一方、中間管理職は日常的にビジネス戦略の実施と実行の制御の責任を負っています。
そこで、従業員層と中間管理職層での女性割合と企業業績の関係を調べてみようというのです。
サンプルは、フランスの大手上場企業250社の中で「取締役会」「執行委員会」「中間管理職」「従業員」の4つのレベルで女性比率が開示されていて、企業業績が「年次報告書」「社会的責任(CSR)報告書」「公開情報」等で公開されている企業159社のデータです。
企業業績の指標としては「純利益率」「営業利益率」などを使っています。
分析からわかったことは、(1) スタッフや中間管理職の女性割合が高いと業績が向上すること、(2) ただし女性割合が40-60%の企業の業績は向上するが、女性割合が40%未満の場合には収益性が大幅に下がること、(3) この説明力は中間管理職よりもスタッフのほうが大きいこと、という3点でした。
Fouad et al. (2023) は、国際的な規模でこの中間管理職層の問題に取り組んでいます。
彼らは Refinitiv’s Economic Social and Governance (ESG) という企業データベース(現在は,LSEG Data & Analytics社) を分析に利用しています。
このデータベースで世界の1万社(アフリカ ( 2%) : アジア (47%) : 欧州 (26%) : 北米 (26%) : 南米 (3%) : オセアニア (2%) ) の2017年のデータを使っています。
女性割合については「全従業員」「中間管理職」「経営者層」それぞれに入手できています。
主な知見は次のとおりです。
(1) 女性中間管理職の割合がその後数年間の収益に大きく貢献した。
(2)しかし全従業員の女性割合や経営者層の女性割合がその後数年間の収益に貢献することはなかった。
(3) 女性中間管理職の雇用割合は、複数年にわたる業績向上に関連する無形資産として位置付けることも支持された。
(4) 男女平等のレベルが中程度の国に本社をおく企業では、女性従業員の総数と収益の間に正の相関がみられた。
(5) 中間管理職だけでなく全従業員に対する女性割合が収益増加にプラスに働いたのは、男女平等が中程度以上の国に本社がある企業だけだった。
(6) 男女平等のレベルの低い国、高い国の企業では同様の効果は認められなかった。
以上ですがいかがだったでしょうか?
おわりに

今回は女性管理職を雇用するメリット、つまり「光」の部分を海外の文献を紹介しながらながめてみました。
見てきたように、女性管理職といっても経営者や取締役、海外ではCEOやCFOなどの C-suite の人々、つまり上級の管理職からさまざまな中間管理職まで、いろいろなレベルがあって、それぞれに雇用するメリットも違っているようです。
研究面でいえば、経営層の女性任用がよく取り上げられています。
経営者個人のプロフィールが公開されていて明確ですし、経歴や就任時期、就任当時の当該企業の経営状況等に関する情報も公開されているので研究しやすいことも影響しています。
ただ逆に言えば、サンプルとなる研究対象の数がきわめて限定されるので結果の一般化がとても難しいですし、またサンプル数を増やすとなると他の要因(本社の所在国、企業規模、企業の出自や発展過程など)がじつに複雑になります。
そんなわけで個々の研究論文の成果を眺める時にはその研究の背景と使われたサンプルの状態をきちんと踏まえることが大切です。
また、社会全体のジェンダー多様性の状況も国や地域によって大きく異なります。
ジェンダー多様性のレベルの高い国や地域で行われた研究の成果はジェンダー多様性のレベルが低い国では一般化できない可能性もあります。
一方、従業員の女性割合や中間管理職の女性割合に関しては、サンプル数という点では問題は軽減されるのですが、逆にサンプルの均質性という点でむずかしい状態に陥ることも多いようです。
もちろん、こちらの場合は個人個人の情報は得にくく、また組織としての研究に必要な情報もすべてが公開されているわけでありませんから、データの欠損という事態がよく起こります。
そのようなこともあって「女性管理職を雇用するとこういったメリットがあります」といった「普遍化できる知見」はまだ得られていないと思ったほうがいいでしょう。
それでも一部で肯定的な研究結果が公開されていることを前向きにとらえて、一歩を踏み出すためのきっかけにしてもらえればありがたいと思うのです。
企業の内部から女性の取締役や執行役員が任用されるようになれば、中間管理職に就いている女性たち、その下で働いている若い女性社員にとってすばらしいロールモデルになるわけですから、組織全体の女性のパワーをあげるのに貢献することはあるのかもしれません。
今回は女性管理職の「光」の部分に焦点をあてました。
次回は「影」の部分に関する研究を紹介していきたいと思います。
「影」の部分の研究を紹介するのは、もちろん、その「影」の部分をどう克服していくのかを考えるためなのですが。
