【欧米の「働く母親」は仕事と家庭の両立支援策をどう思っている?】シリーズ 働く女性のワーク・ライフ・バランスを考える vol.2
欧米の「働く母親」は自分のワーク・ライフ・バランス問題をどうとらえ、どう対応しているのか?

Contents
はじめに
連載の第二回である今回は、欧米各地で働く母親あるいは女性労働者がワーク・ライフ・バランス問題をどう思っているのかを研究した論文を紹介したいと思います。
仕事と私生活との関係性やバランスは、人々の生活の土俵となる地域の社会的・文化的風土や就業習慣、支援制度などの影響によってそれぞれ違った特徴があるのではないかと考えられるからです。
他国の人たちの実情を知ることで自分たちだけでは気づかない自分たち自身の土俵のユニークさに気づかせてくれるので、この種の比較研究はとても意義深いものなのです。
ただし、今回の話は第一回で紹介した「狭義のWLB論」の中の話で、「広義のWLB論」ではないことにご留意ください。
では、以下具体的な研究事例をみてみましょう。
研究の全体像

米国テキサス大学のコリンズさんは、働く母親が仕事と家庭をうまくやっていくために提供されている支援施策について、実際のところどのように思っているのかを4か国(5つの地域)の母親たちへの面接調査で明らかにしています(Collins, 2016)。
彼女の問題関心は、仕事と家庭の両立支援策の面で非常に遅れていると思っている母国(米国)の状況を欧州の主な国の状況と比較して分析検討し、現状の改善策を提案しようというところにありました。
彼女が研究の対象として選んだのは、「スウェーデン」「ドイツ(旧東ドイツ地域、旧西ドイツ地域)」「イタリア」そして母国である「米国」です。
特に興味深いのは、ドイツを一つの地域ではなく旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域に分けて研究を行っていることです。
彼女によれば、旧東ドイツ地域はドイツが統合されて現在の形になるまではいわゆる共産主義体制のもとにあって基本的に「人は男性も女性も同等に働き手」として扱われていたといいます。
旧西ドイツ地域とは「働くこと」「働き方」の位置づけが異なっており、その影響が統合ドイツになってからもその地域の人々の労働観や働く女性観に違いとして残っているのではないかと考えたからだそうです。
また、スウェーデンで社会福祉政策の先進国だといわれる北欧を代表させ、イタリアで気質の異なる中欧を代表させています。
彼女はじつに5年間をかけて合計135名の「働く母親」に長時間の聞き取り調査を行っています。
調査対象者の基礎データは、次の表にまとめてあります。

この表から米国の面接対象者の年収が高額であることがわかりますが、これはその半数以上がワシントンD.C.に暮らしており、生活費自体が高額なことを反映しているということです。
両ドイツ地域ではパートタイムで就業している人が多く、米国やイタリアでは日常的に残業の多い(週45時間を超える)人が多いようです。
「マイノリティ」という区分は米国では人種、他の欧州地域では移民的出自を持つ人を表しています。
それぞれの地域で一定数のシングル・マザーも面接に協力してくれています。
聞き取り調査では、それぞれの国・地域について、仕事と家庭の両立支援策・制度、仕事と家庭の両立問題に関する社会的通念や規範あるいは「母親」というものの規範など、国・地域に特有の社会的・文化的背景といったものの影響が出てきました。
結論を先取りしていえば、仕事と家庭の良好な関係を支援するさまざまな施策や制度だけでなく、それぞれの国や地域に根強く生きている「文化的規範(女性観、労働観、性役割分業観)」が働く母親の現状を強く拘束している可能性があるということがわかりました。
ではまず各地域について、仕事と家庭の両立支援策・制度、仕事と家庭の両立問題に関する社会的通念や規範といった社会的・文化的背景をごく簡単に紹介しておきましょう。
スウェーデン:働く母親の楽園

スウェーデンでは働く母親たち(市民全体も)の自国政府に対する信頼度が高く公的機関に対する満足度も高いといいます。
政府は交代しても「男女平等がスウェーデン社会の基礎」という政治的立場は不変で、男女平等という目標を推進するために仕事と家庭に関する施策を活用しようとしており、現在の政府は自らを「フェミニスト政府」だと自己規定しているそうです。
そのため出産休暇、育児休暇、子育て支援、家事サービス利用に対する税控除、児童扶養手当などさまざまな施策が展開されています。
有給育児休暇は16か月(現代はプラス3か月)で、その中の各2か月が母親と父親に付与され、この部分は相互に譲渡することができないそうで、母親は全員がまた父親は9割が利用しています。
ひとり親の場合は16か月の有給育児休暇を一人で受け取れます。
基本的に直近の給与の80%が13か月間国から支給され、それ以外にも勤務先から労使交渉で獲得された補填手当がもらえるようです。
両親に有給育児休暇が付与されるのは、(1) 父親は幼い子供の世話に関して大きな責任を負うべき、(2) 子供は両親と面会できる権利を有する、(3) 父親は母親の有給の仕事への復帰を促進させるべき、という目的のためです。
出産休暇は出産前後に7週間の権利があります。
育児休暇は子どもが8歳になるまで親が希望するときに取得でき、16か月をどのように分割して利用するかは各人の裁量に任されます。
子どもが小さい時には1日あたりの有給休暇の時間を少なくして仕事はパートタイム型で行うことも多いようです。
こういった仕組みはもともと男親・女親を想定して設計されているのですが、近年では同性愛者など(養子制度)にも適用範囲を広げるようになっているそうで、同性カップルやひとり親もこの仕組みの恩恵を受けられるようになっています。
スウェーデンはこのような制度の実質的な運用が人々にも支持され活用されていて、出生率も比較的高く女性の労働力参加率は男性とほぼ同じで、子どもの貧困率も低い状態で推移しているといいます。
このようなスウェーデン社会では「働く母親」という概念自体がナンセンスで「母親であること」と「仕事をもつこと」は女性にとって相補的な「アイデンティティ」となっています。
もう一つ忘れてならないこととして、男性の「権利」として子どもの生活に平等に関与することが認められている点があげられます。
「義務」ではなく「権利」だということが重要でそのための施策や社会的な認識があることがスウェーデン社会の特徴でもあります。
ただ注意すべき点もあります。
一つは、福祉国家が唱える政治目標である「高い出生率」「高い労働参加率」「男女平等」を「働く母親」を含めて一般市民が支持しているという点です。
もう一つは、そのような政治目標を共有できない人々、「子どもを産まない(子どもを産めない)女性」「働けない人」「働きたくない人」などは政策の外に排除されているという点です。
旧東ドイツ:共産主義体制の名残り

ドイツは1990年10月に旧東ドイツと旧西ドイツが統一されて現在のドイツとなっています。
統一以前の旧東ドイツは第二次世界大戦後、社会主義国として歩んできており就労の「権利と義務」が保証されていました。
経済的必要性とすべての人が賃金を得るために働かなくてはならないという文化的イデオロギーに支えられて、母親たちも働くことがほぼ義務化されていました。
社会主義国時代の雇用政策・家族政策は、端的に言って「出生促進」と「女性の生産労働への参加」を組み合わせたものでした。
中央集権的な経済システムで、「国民皆保険」「公教育」「保育」等は国家が管理・提供していたため、「早婚、完全雇用、数人の子ども」が国民のライフコースのモデルでした。
そのため異性愛者の夫婦にはさまざまな特権が与えられ、「結婚」「子育て」「完全就労」が支援されました。
特に保育所は、母親を自由に働かせる目的で整備されており、生後8週間で保育所に子どもを預けて母親は仕事に復帰したのだそうです。
このような母親の就労と子育ての基本的なパターンと意識は人々の間に深く根付いており、統合ドイツになってからも制度的には旧西ドイツ型に統一はされていても、文化的マインドや保育所の数や質といった物理的条件がそれらの地域では生きているようです。
この地域に生きる母親たちは、その前の世代の生き方の中で育ってきているため同じような労働意識や育児意識を引き継いでおり、子育て期の母親が就労することに疑問を感じる人はほとんどいないそうです。
スウェーデンのように男女平等という高い理想を実現しようとする働く母親像ではなく、子育て期であろうがなかろうが「就労は義務であるから子どもは保育所に預けて」という「働く母親」像です。
ただ母親の働き方については統一後は多様性がみられるようで、「フルタイム就労」「パートタイム就労」あるいは「専業主婦」という選択肢も現れてきているようです。
旧西ドイツ:伝統的家族モデルが足かせ

旧西ドイツ地域では「伝統的な家族モデル」は男性が稼ぎ手となるもので、女性は家庭での子育てを中核的に担い副次的にパートタイムの稼ぎをするものでした。
この「伝統的家族モデル」を強化してきたのが「パートタイムで得た所得への課税」「長期間で厳格な育児休暇」「少ない学校開校日数」「少ない公立保育施設」といったフルタイムで働く母親の「意欲をそぐ」法律群でした。
母親の家庭での育児は最長3年間の産休、働く夫の扶養妻への公的医療保険制度、年金制度などによって、物質的にも経済的にも支えられていたようです。
特に産休や育児休暇の権利が次々と延長されたことで、過去数十年間にわたって母親が主体的に仕事に取り組もうとすることを実質的に疎外してきたといえます。
統合ドイツもEUに加盟したので、それ以降ジェンダー平等性を促進する義務を負い、法的な措置をとることが必要になりました。
しかし議会で議論はされ始めてもなかなか前に踏み出せていないようで、その背後には旧来の伝統的家族観を維持したい勢力が議会にも一定程度いることが影響しているようです。
現在(2015年現在)の政策をみると、女性は出産前6週間、出産後8週間は給与全額支給の条件で休暇をとることが義務づけられており、合計12か月の育児休暇(給与の2/3支給)を取得する権利があり、あわせて父親も2か月間の育児休暇が与えられます。
この12か月の育児休暇をいつどのように取得するかは裁量権があり、子どもが8歳になるまでいつでも使えることになっています。
雇用主は女性が育児休暇後に職場復帰できるように空きポストを用意しておく義務が課せられています。
旧東ドイツ地域と違って旧西ドイツ地域では、国の支援する保育施設は不足していて3歳以上の子どもに対しては全員が提供を受けられていますが3歳未満の子どもの施設が足りていません。
これは、産休が最大3年間ということと連動していたことによります。
旧西ドイツでは、「パートタイム労働」はホワイトカラー、ブルーカラーともに広く利用されており、働く女性の38%がこの形で働いているのですが、「パートタイム労働」=「低賃金」ということはないそうです。
また柔軟なスケジューリング、在宅勤務、ジョブシェアリングを利用できる場合が多いのもこの地域の特徴だそうです。
このような地域で働く母親たちは「働く母親に向けられる社会からの敵意」を強く感じることが多くあり、それが仕事と家庭の葛藤を産んでいると面接者たちが述べています。
旧西ドイツでは「良い母親」とは、(1) 子どもが生まれたら仕事を辞める、(2) 子どもが生まれたら3年間は家事に専念する、(3) 子どもがティーンエイジャーあるいは独立して家を出るまでは働いてもパートタイム、というのが社会通念で「働く母親」に向けられる社会のまなざしです。
もしそれを破る(仕事を辞めない、3年より早く仕事復帰する、子どもが幼くてもフルタイムで働く)と、彼女たちは「カラスの母親 (Raven mother)」いうラベルで呼ばれて蔑まれるといいます。
この言葉が社会で広く使われるということは母親の行動を社会的に監視するメカニズムが機能しているということを意味します。
イタリア:支援の余裕のない負債国

イタリアでは「ジェンダー平等性」「雇用」「家族関係」は近年注目されている公共問題なのですが、政策は停滞しているようです。
イタリア社会は3つの人口動態変化(女性の就業率増加、出生率の低下、人口の高齢化)を抱えています。
ただヨーロッパ最大の負債国なので、経済危機が常態化し現在の社会政策(年金問題等)で手一杯で、働く母親支援といった新しい施策を進める余裕がないといいます。
現在のイタリアでの働く母親が国から受けている支援には、5か月の産休(出産前2か月、出産後3か月)を給与の8割支給で取得できる権利があります。
育児休暇は両親はそれぞれ6か月(給与3割支給)、家族全体では10か月(父親が少なくとも3か月取得した場合は11か月)取得でき、両親間で柔軟に分割可能だそうです。
また、産休後に職場復帰を選択した母親には最大6か月間ベビーシッターまたは託児所に支払うためのバウチャー(月400米ドル相当)が支給されます。
イタリアでは休暇中の解雇からは法律で守られているのですが、実際には雇用契約時に雇用主が日付なしの辞職書に署名することを強要する(つまり休暇中に勝手に解雇できる)事例が問題となったそうで、政府による是正が始まっています。
公立保育は質が高く保たれているのですが、3歳から5歳の子どもに広く(98%)普及している反面、3歳までの子どもたちの場合は29%にすぎません。
そのため親は3歳未満の子どもについては非公式または私的な保育に頼ることになり、十分なサービスが利用できない場合には祖父母(特に祖母)に世話を依頼するケースが多くみられます。
アメリカ:何の支援もしない国

著者のコリンズさんによると「米国には介護、普遍的な健康保険制度、普遍的な社会保障制度、賃金補償制度、有給育児休暇、児童介護制度、最低限の休暇・病休基準といった国家的な「仕事-家庭」支援施策は、連邦政府レベルで全く存在しない」そうです。
州政府レベルではカリフォルニア州やニュージャージー州など裕福な州では一部行われています。
企業等が提供する有給家族休暇、育児補助、スケジュールの柔軟性、在宅勤務といった「仕事-家庭」支援施策は、通常、より大きな市場支配力を持つ労働者(男性、専門職、管理職、大企業従業員など)のみが利用できるものです。
また多くの企業は従業員の家族責任を支援する施策をまったく提供していません。
そのような施策が真に必要である低賃金労働者はまったく蚊帳の外の状態にあります。
そういう意味で、米国は世界でもっともひどい両立支援策の状況にあるとコリンズさんは述べています。
面接調査で明らかになったこと
では、以上のような背景知識を持って面接調査の結果をみていきます。
面接調査で浮かび上がってきた「仕事と家庭の対立」問題に対する「働く母親」たちの意識は、次の表のような質問項目で調べられ、各地域の「働く母親」たちの回答結果の要約もあわせて示してあります。

これをみるとスウェーデンでは「仕事-家庭の対立」問題はほとんど出てきていません。
それに対してイタリアでは、すべての項目に「そうだ」という回答が得られていますから、イタリアでは全体として「仕事-家庭の対立」が深刻な状況にあると「働く母親」たちは意識していることがわかります。
同様に、旧西ドイツや米国も対立は深刻だと認識されているようです。
興味深いのはドイツで、旧東ドイツと旧西ドイツでは「仕事-家庭の対立」に関する「働く母親」たちの意識が大きく異なっていて、旧東ドイツ地域のほうが対立しているという意識が少なくスウェーデンの状況に近いことがわかります。
では「仕事と家庭の対立」に関する解決策として「働く母親」たちはどのような解決策をとっているのでしょうか?
次の表をみると、スウェーデンではもともと「対立」意識がほとんどないので「可能な施策を利用する」だけで事足りています。

イタリアや米国では、家事や育児に外注という方法を使うことがわかりますが、特徴的なのはイタリアで「祖母に外注する」という解決策が多くの支持を得ている点でしょう。
これは核家族よりも拡大家族のつながりが強い文化的背景があるのかもしれません。
旧西ドイツでは「対立」が存在するという認識は多かったのにもかかわらず、回答者たちが指摘した解決策は限られているようです。
「有給の仕事を減らす」「期待値を下げる」といったネガティブな解決策をとっているようです。
コリンズさんは、先に紹介した各地域の「仕事と家庭の両立支援施策」と「仕事と家庭の関係に関する社会的・文化的背景や規範」についても、面接調査で「働く母親」から直接意見を聞き出しています。
スウェーデンでは「働く母親」は完全な男女平等を望み、有給の仕事と子育てをシームレスに組み合わせたいと思っていますが、政府がそのような取り組みを支援してくれることを期待しており、これが国家としての政策でありこの国の文化的理想であることを反映しているということです。
旧東ドイツでは「働く母親」は仕事と家庭の矛盾をほとんど感じていませんが、「高いキャリア」を目指す母親はほとんどいなかったということで、もしそれを目指すと周囲から非難されるのだそうです。
旧西ドイツでは女性の役割に関する時代遅れの文化的認識が今でも根強く生きていることを実感しているようです。
イタリアや米国では家事の外注文化がありましたが、スウェーデン、旧東ドイツ、旧西ドイツでは家事を外注することには嫌悪感があるということです。
コリンズさんはこれらの膨大なデータと理論的考察を踏まえて次の図のように研究をまとめています。

スウェーデンはたしかに「働く母親」にとって「仕事-家庭の対立」解消の理想的モデルといえるでしょうが、現実は欧州や米国でもなかなか厳しいことが見て取れます。
おわりに

さて、これまでの研究結果をながめてみて日本の「働く母親」の「仕事と家庭の両立支援策」はどのあたりに位置するのでしょうか?
また、この問題に関する日本の社会的文化的背景の影響はどの程度あるのでしょうか?
皆さんの企業ではこの問題に関してどのような企業文化、企業風土が根っこの部分に存在しているでしょうか?
「働く母親」に該当するみなさんは、自己を振り返る意味で上で紹介した「仕事-家庭の対立」に関する意識を問う質問群に答えてみるのもいいでしょう。
果たしてどの国の「働く母親」と意識が共有されるでしょうか、あるいは、共有されないでしょうか?
