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今年の男子メジャー最終戦、第151回全英オープンが今週ロイヤル・リバプールGCで始まります。
今回は今年の全英オープンがより楽しめる、様々な視点からの事前情報をお伝えします。
そもそも「リンクス」って何?
世界最古のゴルフトーナメントである全英オープンは、毎年イギリスの「リンクスコース」を舞台に行われてきました。
この「リンクス」という言葉、「わかるようで、わからない…」という方も多いのではないでしょうか。
「リンクス」とは、主にイギリスの河口や海岸沿いにある砂丘地帯を指す地質用語「リンクスランド」に由来しています。
川によって運ばれた砂は、打ち寄せる波や吹きつける海風によって砂丘を形成し、それは年月を経るごとに大きく固くなっていきました。
また同時にフェスキューなどの芝や低木が自生し、地表を覆うようになりました。
こうして「リンクスランド」が形成され、そこに造られたゴルフ場は「リンクスコース」や「リンクス」と呼ばれるようになったわけです(「リンクス」には、海と人の住む地域を「繋ぐ」土地という意味もあるようです)。
日本にも、川奈ホテルゴルフコースのように海に近いコース、あるいはリンクスを模したデザインのコースはいくつかあり、中にはそれらが「リンクス」と紹介される場合もあるようです。
ただ、いずれもイギリスの「リンクスランド」と同じ成り立ちの土地に造られたコースではなく、あくまでも「シーサイドコース」や「リンクス風のコース」というのが正確でしょう。
むしろ土地の成り立ちで考えれば、大洗GCや下関GC、古賀GCといった砂丘の松林に造られたコースの方が、リンクスに近いと言えるのかもしれません。
開催コースの「ロタ」の変遷
全英オープンは1861年、スコットランドのプレストウィックGC結成の中心メンバーであるジェームズ・フェアリーの提唱ではじまりました。
スコットランドとイングランドの全てのゴルフクラブ(といっても、当時は全部合わせても10クラブ余り)に所属するプロとアマが、区別なく参加する形のトーナメントをプレストウィックGCで開催したのです。
それ以降今年の第151回まで、イギリス国内の名門リンクスコースの持ち回りで開催されてきました。
その開催コースのローテーションは、「ロタ」と呼ばれています。
過去に一度でも全英オープンを開催したコースと開催回数は、回数の多い順に次の通りです。
セント・アンドルーズ(オールドコース) スコットランド 30回
プレストウィック スコットランド 24回
ミュアフィールド スコットランド 16回
ロイヤル・セントジョージズ イングランド 15回
ロイヤル・リバプール イングランド 12回
ロイヤル・リザム&セントアンズ イングランド 11回
ロイヤル・バークデール イングランド 10回
ロイヤル・トルーン(オールドコース) スコットランド 9回
カーヌスティー(チャンピオンシップコース) スコットランド 8回
マッセルバラ スコットランド 6回
ターンベリー スコットランド 4回
ロイヤル・ポートラッシュ(ダンルースコース) 北アイルランド 2回
ロイヤル・シンクポーツ イングランド 2回
プリンシズ イングランド 1回
ご覧の通り、イギリスを形成するイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドのうち、ウェールズでは一度も全英オープンが開催されていません(ウェールズにもリンクスコースはあり、そこを舞台に全英シニアオープンは開催されています)。
また「ロタ」のラインナップも、これまで様々な変遷を経てきました。
全英オープンの創成期からロタに入っていたプレストウィックやマッセルバラは、大会規模の拡大に収容能力が追い付かなくなったなどの理由から、1920年代にはロタから外れました。
ロイヤル・シンクポーツとプリンシズも、それぞれ1900年代~1930年代に開催されたきりです。
一方、それと入れ替わるようにロイヤル・バークデールは1954年から、ターンベリーは1977年からロタに加わりました。
更に、長い期間が空いての全英オープン開催という例もあります。
カーヌスティーでの1999年の開催は、24年ぶり。ロイヤル・リバプールでの2006年大会は39年ぶり。
そして、2019年は実に68年ぶりに北アイルランドのロイヤル・ポートラッシュで開催されました。
ちなみに北アイルランドでの開催ができなかった理由には、1960年代から90年代まで続いた北アイルランド紛争の影響もあったと言われています。
その他、ミュアフィールドも女性メンバーを認めないクラブの姿勢が問題視され、一度ロタを外されました。
ターンベリーも、現在のオーナーがあのドナルド・トランプ氏であり、アメリカ大統領在任中の差別的発言が問題視され、ロタを外されています。
このように開催コースの「ロタ」の変遷には、全英オープンの歴史の他、政治や社会の動きも関係しているのです。
イングランドで2番目に古いロイヤル・リバプール
ここからは今年の開催コース、ロイヤル・リバプールについてご紹介していきましょう。
コースは1869年、ホイレイク村の近くにあった競馬場の敷地の中に、9ホールが造られる形で始まりました(ちなみに「ホイレイク」は、今でもコースの通称となっています)。
イングランドでは、2番目に古いゴルフコースです。
設計したのは、ゴルフ史に名を刻むゴルファー、オールド・トム・モリスの弟であるジョージ・モリスとロバート・チェンバース。
その2年後の1871年にはコースを18ホールに拡張し、王室より「ロイヤル」の称号も得ます。
当地で初めて全英オープンを開催したのは、1897年。以降歴史を積み重ね、今年13回目の全英オープンを迎えます。
注目ホールは新設されたパー3
ロイヤル・リバプールの歴史においては、何度かのコース改修も行われてきました。
最初に行われたのは1900年代の始め。名匠ハリー・コルトによって、マウンド越えのパー3「アルプス」が作られるなどしました。
その次の改修は2000年代。開催のためのインフラや、伸び続ける選手たちの飛距離にコースが対応できていないとして開催コースの「ロタ」から外されたコースに、再び全英オープンを呼び戻すためでした。
ドナルド・スチールが手掛けた改修によって全長は7,000ヤード以上となり、2006年には39年ぶりの全英オープン開催を成功させたのです。
その後も大会開催の度に改修が行われ、今年の大会に備えてもコースが改修されました。
今年の大会は前回2014年大会から71ヤード伸びた、全長7,383ヤード・パー71で開催予定です。
中でも注目ホールは、新設された17番(通常は15番)のパー3「リトル・アイ」。
134ヤードと短く、高台に造られたグリーンからは美しい河口の景色も見渡せます。
ただし、左右には深いバンカー、奥には砂丘を活かした砂地が広がっており、そこに入れればトラブルは必至。
最終日、ここでどのようなドラマが生まれるのかに注目です。
※こちらから17番のコース紹介がご覧いただけます。
輝かしいロイヤル・リバプールでの歴代全英オープン優勝者
ロイヤル・リバプールで行われた全英オープンでは、各時代の名プレーヤーたちが優勝してきました。
1897年 ハロルド・ヒルトン イングランド
1902年 サンディ・ハード スコットランド
1907年 アルノー・マッシー フランス
1913年 ジョン・H・テイラー イングランド
1924年 ウォルター・ヘーゲン アメリカ
1930年 ボビー・ジョーンズ アメリカ
1936年 アルフ・パガム イングランド
1947年 フレッド・デイリー 北アイルランド
1956年 ピーター・トムソン オーストラリア
1967年 ロベルト・デ・ビセンゾ アルゼンチン
2006年 タイガー・ウッズ アメリカ
2014年 ロリー・マキロイ 北アイルランド
中でも取り上げたいのは、1930年のボビー・ジョーンズと2006年のタイガー・ウッズです。
この前に全英アマに優勝していたボビーは、苦戦しながらもホイレイクでの全英オープンに優勝。
さらにこの後の全米オープン、全米アマにも優勝し、年間グランドスラムを成し遂げると、そのまま競技ゴルフの第一線から引退します。
1930年のホイレイクでのプレーは、そのままホイレイクでの生涯最後のプレーとなった訳です。
また、2006年のタイガー・ウッズは、この大会前の同年5月に最愛の父・アールさんを亡くしていました。
傷心が癒えきらない中で大会に乗り込んだタイガーでしたが、ドライバーに代えてアイアンを多用する戦略で、難しいコースセッティングを見事に攻略。優勝を飾ります。
ウィニングパットを決めた後、キャディの肩に顔をうずめて泣きじゃくるタイガーの姿が印象的な大会となりました。
一日に四季がある全英を願って
今回は、間もなく開幕する全英オープンについてご紹介してきました。
全英オープンは「一日に四季がある」とも言われます。
晴れていると思っていてもにわかに雲が立ち込めて、激しい風雨に襲われる。そしてしばらくするとまた晴れる…これが一日の中にあるという訳です。
しかしここ数年の大会は、それどころか4日間通してお天気続き。風もあまり吹かず、ラフも枯れ気味のため、ロースコアでの争いになっているように思います。
選手側からすれば大変かと思いますが、一ゴルフファンとしては「一日に四季がある」という言葉通りの厳しい天候の中で、歴史あるリンクスコースに選手たちが挑むような大会になってくれないかと願っている次第です。