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はじめに
今回は最終回ということで、女性管理職が業務遂行にあたってどのようなことに気を付けないといけないかについてみていきたいと思います。
「ガラスの天井」を突き抜けてやっと念願の管理職に就くことになった女性は、もともと男性の果たすべき役割だと思われてきた管理職業務に専念するわけですから、さまざまなギャップや想定外の状況に直面することもあるでしょう。
また、多くの部下をかかえるため彼らとの業務上のコミュニケーションの中でいろいろな軋轢や課題も出てきます。
ここでは、そのような女性管理職が気を付けるべきいくつかの課題、問題に焦点をあわせて、海外の研究を紹介していくことにします。
米国で注目されているマイクロアグレッション
最初は、米国で注目されてきている「マイクロアグレッション (microaggressions) 」と呼ばれる行為を取り上げてみます。
マイクロアグレッションは、女性管理職に特有の問題ということではなく、もっと幅広く全従業員にかかわる問題なのですが、とりわけ女性やマイノリティの人々に大きな影響が出てくる問題です。
マイクロアグレッションとは「あからさまな差別ほど目立たないが、それでも福祉に大きな影響を与える偏見や排他的な行為」のことで、「性別、人種、その他のアイデンティティの側面を理由に、偏見に基づいて個人に向けられる、屈辱的または軽蔑的なコメントや行動」です。
「マイクロ」といいますが、それは「目立たない」という意味であって、実際には、この種の偏見や行為を職場で継続的に受け続けることがいかに厳しい状況であるか、以下の具体的な事例を見て想像してみてほしいと思います。
こういったマイクロアグレッションには、女性管理職もキャリアの初期からさまざまな形で遭遇し、否応なくそれに対処してきています。
具体的にどのようなことがマイクロアグレッションにあたるのか、次の表をごらんください(McKinsey & Company and LEAN IN、 2023)。
それぞれのカテゴリーに含まれる人々が、職場でどの程度日常的なマイクロアグレッションを感じているか、その数値も同時に示されています。

この表に出てくる項目は、米国だけにあてはまるわけではなく、日本のあなたの職場においても「あてはまる」とひそかにうなずく同僚がいるかもしれません。
行為におよぶ側は「たいしたことはない」と思うかもしれませんが、ターゲットにされた側は職場にいる限りずっと嫌な気持ちで仕事をせざるをえないわけですから、非常に深刻です。
米国の場合、これらのマイクロアグレッションは米国社会で伝統的に疎外されてきたアイデンティティを持つ女性たち(LGBTQ+女性、障害をもつ女性、アジア系女性、ラテン系女性、黒人女性)が被害にあっていると感じていることが、この表の数字からみてとれます。
彼女たちにとって「職場は精神的な地雷原(p.17)」となっているとこの報告書の著者は述べています。
女性管理職にとって重要なことは、このようなマイクロアグレッションを自分自身も行わないと同時に、部下たちの間にも生じさせないようにすることでしょう。
では、そのような日常的なマイクロアグレッションに対して彼女たちはどのような対応策をとっているのでしょうか?

この表(特に上部の「自己遮断行動」)からわかることは、マイクロアグレッションに対応すること自体がすでに彼女たちが白人男性たちと比較してキャリアへの道で大きく後れをとることの必然性がみえてくると思います。
マイクロアグレッションは、本当に罪深い行為だということがよくわかります。
日本の職場は、はたしてマイクロアグレッションの現状はどうなっているのでしょうか?
職場無作法(workplace incivility)とは何だろうか?

マイクロアグレッションと似た概念として、workplace incivility という概念が主として海外で研究されています。
日本での研究もごくわずかですが存在していて、そこではこの概念に「職場無作法」という日本語訳をあてているようです(櫻井他、2011)。
Bryant (2020) は博士論文ですが、女性管理職の workplace incivility が部下の女性たちの「自信」や「自己認識」「自尊心」などにどんな影響を与えるかを検討しています。
まず、この論文では「職場無作法 (workplace incivility)」を「一人以上の人に危害を加えるというあいまいな意図を伴う低強度の行動で、職場におけるリスペクトの規範に違反する」と定義しています。
職場無作法とは具体的にはどのようなものなのでしょうか?
著者は「職場での無作法な態度の例には「軽蔑的な発言をする」「同僚を無視する」「見下すような口調を使う」など礼儀をわきまえない粗野で失礼な行動が含まれる」と述べています。
そして「無神経なマネージャーによって従業員が軽視され、軽視されていると感じる無作法な行動の積み重ねは、あらゆる組織に懸念される永続的な損害を生み出す可能性がある」といいます。
この「積み重ね」という点がポイントです。
女性就業者は、そのキャリアの中で何度か女性の上司のもとで仕事をする機会がありますが、一般に女性労働者は男性よりも仕事中に職場での無作法を経験する可能性が非常に高いことが実証されています。
この博士研究では女性マネージャーから無作法な態度を受けたことがある12人の女性(34-73歳)へのインタビューを分析しています。
その結果から次のことが明らかになっています。
(1) 女性管理職による「無視、虐待、敬意の欠如」は女性従業員の「憂鬱、ストレス、フラストレーション感情」を増大させる。
(2) 女性管理職からの無作法に耐えたのち、女性従業員は「悲しみ、怒り、敗北」などの否定的な感情を経験し「自尊心や自信」の低下につながった。
(3) 女性従業員の「自尊心」の低さは、仕事ぶりに関する女性管理職による否定的な批判とプラスの相関があった。
このように、「職場無作法」は女性管理職にとって同僚や部下(特に女性)に対する日々の行動や言動が職場無作法のカテゴリーに属するものでないように注意を払うべき課題だと言っています。
なお、日本語で書かれた研究論文として、櫻井他 (2011) があります。
この論文は日本の学会誌に日本語で掲載されていますが、研究自体は米国で行われており調査サンプルも米国人です。
この研究では、同僚(管理職ではない)からうけた職場無作法がネガティブ感情や職務満足感、職務逃避行動にどのような影響を与えるのかについて実証的に検討していますが、女性だけではなく男性も含まれています。
結果としては「職場無作法を多く経験する人ほど職場でのネガティブ感情が高い」こと、「職場無作法がネガティブ感情を仲介して職務満足感と職務逃避行動に悪影響をあたえる」ことを明らかにしています。
以上、ここでは日本ではまだあまり研究されていない「職場での無作法」という概念とその影響に関する研究を紹介しました。
女王蜂症候群はなぜ起こる?

次は、女王蜂症候群についての研究です。
女王蜂症候群については、前回の記事でご紹介した障壁の話の中でも出てきましたので覚えておられる方もいらっしゃるでしょう。
Derks et al. (2016) は、女王蜂症候群を包括的にながめて「女性リーダーはなぜ部下の女性たちから距離をおこうとするのか?」という問いにチャレンジしています。
著者たちは、女王蜂症候群を「女性リーダーが男性中心の組織に同化する際に部下の女性と距離をおき組織内の男女不平等を正当化する現象」と定義しています。
女王蜂症候群に陥ると、女性管理職と女性従業員との間に悲惨な関係が生まれます。
まず、部下の女性を女性同士と位置付けることがありません。
部下の女性に (1) 非協力的、(2) ネガティブで無礼な言動(無意識・無頓着な言動)つまり職場無作法、(3) キャリアアップに対する支援に消極的、(4) 否定的フィードバックが増加、といった態度をとることになります。
さらに、部下の女性の能力開発に支障がでてきますし、彼女たちのロールモデルにもなれないですし、彼女たちからは男性管理職よりも嫌われることになり、彼女たちの離職意向が男性管理職の場合より高まります。
女王蜂症候群という現象がなぜ起きるのかについて、著者らは次のような説明をしています。
(1) 男性に支配された組織で起こる反応である。
(2) 社会的アイデンティティ(個人が属する集団から生じる自己概念)への脅威に対する反応である、
(3) 社会的アイデンティティへの脅威に対応するため自己と集団の間の距離をとる反応である、
(4) 女性に特有なことではなく、他の過小評価されているグループにも生じる反応である。
そして、女王蜂を演じる女性リーダーの存在は、彼女自身にとっても部下の女性たちにとっても組織にとっても有害であると論じています。
なぜなら、女王蜂を演じることは男性優位の「組織環境」「組織文化」を継続させることに手を貸すことになり、自分自身も男性優位の組織文化の中で男性的に仕事をすることを選択することになるので、本来の自分の能力も発揮できないですし部下たちを自分のリーダーシップで引っ張っていくこともできません。
部下の女性たちにも良いロールモデルとなりえませんし、チームや部下の生産性を高めることにもならないからです。
女王蜂症候群が働く女性に与える影響

次に、女王蜂症候群の働く女性への影響を見てみることにしましょう。
Baykal et al. (2020) は、トルコの女性労働者を対象として女王蜂症候群が離職意向に及ぼす影響を検討しています。
この論文で「女王蜂症候群」というのは「上位の地位にある女性が同僚や部下の女性に敵対的で差別的な態度で対応すること」を指します。
たとえば、女性の部長が同僚や部下の女性のリーダーシップスキルやキャリアへの取り組みや積極性といったものを正しく評価せず、むしろ批判的な対応をとるといった事例が該当します。
なぜ、このような現象が起こるかというと、男性優位な組織といった女性にとって差別的な職場環境で管理職に就いた女性は、自分を他の女性から心理的に切り離し性別に基づいて他人から評価されるのを避けようとする心理が働くためだといいます。
そのため、他の女性と自分を同一視しない女性管理職は「女王蜂」の役割を果たし、他の女性から距離をおき専門的なキャリアを達成することに集中しようとするのだそうです。
この研究では、トルコのホワイトカラー労働者を対象にアンケート調査が行われ、20-49歳の女性2012人の使用可能なデータが得られています。
調査の目的は女王蜂症候群と離職意向の関係を調べることにありました。
研究結果は、女性管理職の「女王蜂症候群」は部下の女性従業員の「離職意向」にプラスに働き、さらにその効果は「非支援的・非協力的リーダーシップ」によって強化されることを示しています。
女王蜂症候群に陥っている女性管理職のもとでは部下の従業員は離職意向が強くなりますが、その女性管理職が部下の女性従業員に対して非支援的・非協力的なリーダーであれば離職意向はさらに強くなっていくということです。
経営者をめざす女性中間管理職は女性従業員とどう向き合ってきた?

Scherer (2021) は、この課題で博士論文を書き上げています。
博士研究の目的は、将来女性経営者になることをめざしている女性中間管理職が職場で他の女性と交流する際の職場での行動や経験を調査し、そこから彼女たちが職場の性差別や女性への社会的攻撃行動で「どのように」「なぜ」影響を受けるのかを明らかにしようとしています。
インタビューの候補として、フォーチュン500企業に勤務し経営幹部レベルの役職を目指す女性で、最低でも学士号を取得し15年の専門職経験を持つ35-44歳の妊娠中または子どものいる方を想定し、12名の候補を選択し最終的に7名からインタビューを行っています。
そこから、次のような知見を引き出しています。
(1) 解毒剤としての回復力:
・「回復力」のおかげで、人種差別・性差別などの組織的要素や母親であることによる課題にもかかわらずキャリアウーマンとして前進しつづけることができた。
(2) 女性の集団的主体性:
・女性同士がお互いに集団的にサポートした経験がキャリア向上につながった。
(3) スポンサーシップと組織の人材育成施策による支援:
・スポンサーシップ(支援者)は、企業の人材育成への取り組みと同様にプロフェッショナルとしてのキャリアをサポートする主な要因だった。
(4) 男女両方から性別に基づく社会的・攻撃的行動を経験:
・男性からのあからさまな社会的攻撃的行動は経験したし女性からも同様の行動を経験したけれども、それほどあからさまではなく年齢とは無関係だった。
(5) 職場での女性間の競争を経験:
・女性の競争行動は主に受動的攻撃的感情的な性質のものだった。
この研究では、中間管理職にある女性が職場で日常的にどのようなチャレンジに遭遇しているか、またそれにどう対処してきたのか、何がキャリアアップにつながったのか、といったことに関する生の声を引き出しています。
おわりに

今回は、さまざまな努力を重ねてやっと管理職に就任した女性が日々の業務をうまくやっていく中で、特に部下とうまくやっていくために知っておいたほうがいいトピックに関する研究成果を紹介してきました。
「マイクロアグレッション」や「職場無作法」「女王蜂症候群」といった日本ではまだあまりなじみのない話題を取り上げていくつか新しい研究の成果をみていただきました。
あまりなじみがない話題でしたが内容をみてみると日本の職場においても該当するものも多かったのではないでしょうか?
女性管理職や女性経営者をめざされて努力を重ねてついにその地位を手に入れられたとしても、その先に日々の業務の中でちょっと注意をしないといけないいくつかの落とし穴がありそうです。
また、女性管理職をめざす方々もここで紹介したような話題に今から真摯に向き合っていかれるといいのではないかと思うしだいです。
以上で、今回の連載を終了いたします。
読んでいただき、ありがとうございました。
