
Contents
はじめに

今回の連載は「女性の働きやすさ」をとりあげてほしいという会社側の要望を受けて海外文献調査をはじめたことが出発点でした。
しかしながら、いきなりつまずきました。
「働きやすさ」に該当する英語の専門用語が見当たりません。
「何がどうなっていれば働きやすいだろうか」と考えると”work life balance” “employee satisfaction” “meaningful work” “psychological safety” “gender equality” といった用語が思い浮かぶのですが、「働きやすさ」そのものかというとどうにもしっくりこないのです。
ところで、日本語で刊行される学術誌に掲載される研究論文の大半には「論文タイトル」と「論文概要」が日本語だけでなく英語で表記されています。
そこで、国内の研究論文をさがしてみると「働きやすさ」を取り扱った論文はある程度あるのですが、「論文タイトル」や「論文概要」が英語で記載されたものは少なく、しかも「働きやすさ」という用語そのものに対応する英語を記載したものはありませんでした。
一つだけ例外があって、鹿島・舟島・中山 (2016) で「働きやすさ」「働きにくさ」という用語が “Hatarakiyasusa”と”the opposite of “Hatarakiyasusa” と表記されています。
この論文の引用文献には海外の文献も多く含まれていますから、日本語で「働きやすさ」に相当する概念が英語圏では存在しないということでしょう。
この論文の冒頭に次のような記載があります。
「「働きやすさ」とは、日本の看護師にとって身近な日本固有の概念であり、良好な職場環境に多く備わる特性として用いられることが多い(p.8)」
やはり「働きやすさ」は日本独自の概念のようです。
そこで、今回の連載の最後に、前回みてきた海外での「有意味な仕事」「仕事の有意味性」という視点から離れて、 日本固有の概念である「働きやすさ」に関する研究を紹介してみようと思います。
国や文化が違うと人々の労働観(働くことの意味や意義)、個人の快適さや満足感、快適な環境観などに違いが出てくると思います。
日本の現状をみてみましょう。
「働きやすさ」に関する就労者の意識

令和元年版の「労働経済白書(労働経済の分析)」は、「人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について」という特集を組んでいます。
そこに「就労を望む誰もが安心して働き続けられる「働きやすさ」の実現に向けて」という章があります。
この中で、「働きやすさ」について「働き方を考える上で重要な概念である一方で、個々の働く人が、それぞれの主観的な価値判断に基づいて、日常的に用いている概念でもあり、様々な要因で規定されるものであるといえる(p.124)」と述べています。
また、「働きやすさ」自体は労働者の主観的な受け止めを表す概念であるため、働きやすい環境を測定する指標として、企業における雇用状態や休暇、労働時間などの客観的なデータが用いられていると指摘します。
これが「働きやすさ」という概念の特徴で、企業の場合は、雇用管理に関するさまざまな項目について従業員がどのような意識を持っているかを知ることで彼らの「働きやすさ」に迫るしかないわけです。
では、働きやすさの向上のために重要な雇用管理は何でしょうか?
この白書では、調査結果に基づいて「職場の人間関係・コミュニケーションの円滑化」「有給休暇の取得促進」「労働時間の短縮」「働き方の柔軟化」などの取組があがっています。
女性の回答では、「仕事と育児との両立支援」も重要な要素となっています。
「働きにくいと思っている回答者」では「人事評価の公平性・納得性の向上」の指摘が多く、「長時間労働対策やメンタルヘルス対策」「従業員間の不合理な待遇格差(男女間、正規・非正規間)の是正」「経営戦略情報や部門・職場での目標の共有化・浸透促進」などもあがっています。
ただし、以上の話は雇用先(企業)の中の話です。
「働きやすさ」に影響する要因にはこのような就労先の企業に関連する要因だけでなく、もっと幅広い要因(たとえば、個人のワーク・ライフ・バランス、個人を取り巻く社会インフラなど)も強く影響する可能性があります。
「働きやすさ」に関する就労者の意見を知る場合には、働く人をとりまくあらゆる環境(職場環境だけではない)を考えないといけないことに注意しておく必要があります。
「働きやすさ」に効果がある雇用管理制度は?

雇用管理の面での意識調査の結果があります。
厚生労働省職業安定局が2014年に公表した「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する報告書」には、どのような「雇用管理制度」が従業員の「働きやすさ」に効果があるかに関する調査結果が示されています。
調査対象者は、従業員規模30~300 人未満の中小企業で働く18~59 歳までの常用労働者1万人(男性7割、女性3割)です。
それによると、「働きやすさ」の向上に効果がある「雇用管理制度等」(「実施されている」群と「実施されていない」群との間で15ポイント以上差がみられた項目)として次のような項目があがっています。
「評価処遇・配置」については「本人の希望ができるだけ尊重される配置」、「人材育成」については「自分の希望に応じ、特定のスキルや知識を学べる研修」「上司以外の決められた先輩担当者(メンター)による相談」があがっています。
「業務管理・組織管理・人間関係管理」では「従業員の意見が会社の経営計画に反映」「提案制度などによる従業員の意見の吸い上げ」「各自に与えられた仕事の意義や重要性についての説明」の三つがあがっています。
「福利厚生・安全管理・精神衛生」では「保養施設の利用補助など余暇活動の支援」「フィットネスクラブの利用補助など健康づくりのための支援」があがっています。
これらが、企業が雇用管理の面で提供するさまざまな制度やしくみの中で、就労者が「働きやすさ」を感じるもののリストということになります。
「女性の働きやすさ」の捉え方の特徴は?

次に、「女性の働きやすさ」をみてみます。
日本国内では、「女性の働きやすさ」という表現でどんなことがイメージされているのでしょうか?
研究ではありませんが、滋賀県高島市(人口5万人)の「高島市男女共同参画推進協議会」が「男女共同参画」の意識づけを進め、平成27年3月には「企業における女性の働きやすさの訪問調査および指標づくり事業報告書」を刊行しています。
この報告書には成果の一つとして「企業における女性の働きやすさの指標」というものが公開されていますが、次の表はその要点をとりまとめたものです。

この表をみると「女性の働きやすさ」が具体的にどのような内容をもつのか、イメージがわくと思います。
仕事に直接関係する内容もありますし、ハラスメント問題やワーク・ライフ・バランスで議論される問題など、研究の中では別々のラベルのもとで検討されるであろう課題がいくつも含まれているようです。
これが日本的な意味での「女性の働きやすさ」というものですが、そうだとすると、この表現に直接ピッタリの専門用語は海外ではやはり見当たらないようです。
看護師さんたちの思う「働きやすさ」「働きにくさ」

一方、国内の研究者のなかにも「女性の働きやすさ」に取り組んだ方たちがおられます。
最初に紹介した論文、鹿島・舟島・中山 (2016) は病院で働く看護師さんが職場の「働きやすさ」「働きにくさ」をどのように思っているかを自由回答形式で問う調査を行っています。
この研究グループは「働きやすさ」を「日常の職業活動と密着する概念であり、職場環境や仕事に対する肯定的知覚を反映する(p.31)」ものと定義しています。
この研究では全国から無作為に抽出した200の病院(797人分)に調査用紙を配布し、445部が回収され、最終的に368名の有効回答を得ています。
回答者の中には30名(8%)の男性看護師さんが含まれていますが、回答者の92%が女性看護師さんということで、ここでは、女性看護師さんの知覚が主に反映されているとみなしましょう。
回答者の自由回答の内容は全部で2435点あり、そのなかから具体性を欠いたり意味が不明なものを除いて1384点の記述を分析し内容の類似性に基づき、看護師さんの「働きやすさ」の指摘を全部で39の基準カテゴリーに分類しています。
次の表はそれらの基準カテゴリーを回答の多かった順に並べて項目に番号が付されています。

次の表は、著者たちがそれらの基準カテゴリーを内容面でいくつかのグループに整理・分類したものを示しています。
この表の最後の列には、これらの基準カテゴリーが看護師の社会ではなく一般の企業組織では何に対応するかを私自身で考えてみたものを追記しています。
やはり、「働きやすさ」の捉え方は非常に多様で多岐にわたることがわかります。
個々の具体的な項目を示すと煩雑になるので項目番号だけにしましたが、これをみると、「人事・労務・業務管理」関係と「職員間の協働」関係が圧倒的に多いことがわかります。
看護師の皆さんの知覚する「働きやすさ」はこの二つの基準に関連しているようです。
一般の企業にあてはめると、「女性の働きやすさ」を決める大きな要因が「人事・労務・業務管理がきちんとしていてフェアである」そして「従業員の間の人間関係がいっしょに仕事をしていくことに前向きな関係にある」ことが見えてきます。
著者たちは、この結果を踏まえて「職場の働きやすさ」の評価尺度を開発しています(鹿島・舟島・中山、2019)が、そこでは、最終的に38項目で構成される尺度になっています。
もちろん、看護師さん独自の項目が多く含まれているのですが、その中で看護師さんに限定しないで利用できると思われる主な項目(項目番号はオリジナル版の番号)を私自身が選び出して「女性の働きやすさ」としてならべてみたのが次の表です。

先の論文で「人事・労務・業務管理」と「職員間の協働」に関する基準が中心だということがわかりましたが、評価尺度を考える場合には同じ基準内の重複した項目ではなく他の基準を反映する項目を多く含めてあります。
これをみると「働きやすさ」を感じるのは、職場での人間関係、職場の協働体制、職場での勤務条件、職場の環境などで、働く女性一人ひとりの感受性やおかれている状況によって受け止め方がかわる可能性があります。
やはり「働きやすさ」には多面性があります。
これは「働きやすさ」を研究するのがとてもむずかしいことを意味しています。
「働きやすさ」の特徴としての「自己決定権」

大阪と東京のワーキングマザーの働きやすさの違いを検討した研究(山本ほか, 2024)があります。
その中では「働きやすさ」は直接的には定義されていないのですが、インタビュー調査結果をまとめた部分に、「ワーキングマザーの働きやすさの要素」という表が示されています。
そこに「働きやすさ」とは「仕事内容(業務内容、裁量、機会、ポジション)」「就業環境(社風、勤務地、給与、同僚(主に転勤時))」「仕事をする時間(仕事に割く時間数、働く時間帯)」「生活環境(育児、趣味、臨時対応のしやすさ)」の四つを自己決定できることだと書かれています。
これは調査結果から著者たちが導き出してきたワーキングマザーの「働きやすさ」の定義だといえるでしょう。
一番重要なことはこれらの四つの要素に関する「自己決定権を持っている」という点です。
「働きやすさ」に関連する要素はここに示されたもの以外にも多くのものがあると思われますし、制度的に保障されたものもあるでしょうが、自分で決定できなければ「働きやすさ」に該当しないと著者たちは考えています。
隠れている要素としての「労働価値観」

これまで、「働きやすさ」や「女性の働きやすさ」を取り扱った国内の研究を紹介してきましたが、私にはどうしても気になる要素が一つ残っているように思えるのです。
それは「労働価値観」と呼ばれるもので、各個人が働くこと(ここでは企業で働くこと)にどのような意義や価値を見出しているのかということです。
つまり、「雇用管理」とか「職場環境」とか「社会インフラ」のように外部の要因ではなく、自分自身の内面に持っている価値観も「働きやすさ」をどうとらえるかに大きな影響を与えるはずです。
しかしながら、この部分に関する研究は見当たらないようです。
ということは、これまで紹介してきた研究では、個々人の労働価値観については、「みんな同じような労働価値観をもっている」ことを前提としているか、または「労働価値観は不問にしている」か、いずれかだと思われます。
たとえば、男性と女性の労働価値観は同じなのか、高齢者と若者の労働価値観は同じなのか、正規雇用者と非正規雇用者の労働価値観は同じなのか、個人の中で労働価値観は変化するのか、といった疑問がわきます。
実際、日本社会の中で、労働価値観が時代とともにどのように変化してきたかを論じている論文(児子、2021)もあります。
「労働価値観」と「働きやすさ」の関係の解明にチャレンジした研究はないのですが、「労働価値観」そのものを解明しようとした研究はあります。
「労働価値観測定尺度」を開発した研究(江口・戸梶、2010)では、労働価値観を7つの因子、38項目で構成された尺度で示しています。
具体的には、「社会的評価」「自己の成長」「社会への貢献」「同僚への貢献」「経済的報酬」「達成感」「所属組織への貢献」の7つの因子です。
もし、このような「労働価値観尺度」を用いれば、個々人の労働価値観がいくつかのパターンに分けられて、それぞれのグループごとに「働きやすさ」を調べるといった研究も可能でしょう。
そうすれば、「働きやすさ」の実態にもっと迫れるかもしれないと思います。
「働きやすさ」と企業業績

最後に、「働きやすさ」と企業業績の関係をみておきましょう。
国内の研究で「働きやすさ」と企業業績の関連性を正面から取り上げたものがあります(西家・長尾, 2021)。
この研究は、従業員のクチコミサイト(OpenWorks: 転職・就職者向け)で上場企業の「働きがい」と「働きやすさ」に関するカテゴリーに投稿された従業員のクチコミの文章情報を用いて、機械学習・テキストマイニングの方法でそれらの時系列データを作成し、これを当該企業の業績の時系列データと比較していくものです。
ここでは「働きがい」は「モチベーション」「成長機会」のカテゴリー情報、「働きやすさ」は「ワーク・ライフ・バランス」「女性の働きやすさ」のカテゴリー情報で代表されています。
対象となった企業は東証一部二部上場企業(2007-2019年度)で、投稿されたクチコミ総数は306,392件です。
投稿者のクチコミを「。」で分割し文章単位の情報に変換して使っています。
難しい分析の手法に興味のある方は論文を読んでいただくとして、ここでは何がわかったかを示します。
まず、「働きがい」「働きやすさ」のスコアが改善すると、「2-3年程度遅れて「企業の成長性」や「収益性」にプラスの影響が出てくる」し、「1年程度遅れて「株式パフォーマンス」に有意で正の超過リターンをもたらす」そうです。
また「働きやすさ」のみが改善された場合には統計的に有意な正の「超過リターン」はみられなかったそうです。
要するに社員が「働きがい」「働きやすさ」で高評価を与えている企業はその後「企業の成長性」「企業の収益性」が向上し、「株式パフォーマンス」も向上しているというわけです。
「働きやすさ」や「働きがい」といった研究的にはなかなか定義しずらい(測定しずらい)要素でも、企業業績に大きな影響を与えていることがわかりました。
おわりに

今回は「働きやすさ」(特に女性の「働きやすさ」)について、国内で行われた研究を紹介してきました。
「働きやすさ」という概念が意外にも日本独自の概念で海外には同義語がないことがわかりましたので、海外の研究との直接的な比較や紹介ができませんでした。
さらに、「働きやすさ」それ自体も多様性に富んでいて、研究として取り扱うにはなかなかやっかいな代物だということがわかりました。
「働きやすい職場」「働きやすい仕事」という表現で私たちは本当は何を言いたいのでしょうか?
考えれば考えるほど、私はわからなくなってしまっています。
皆さんはいかがだったでしょうか?
以上で今回の連載も終了となります。
三回のシリーズで、少しでも気になることや面白かったことがあればよかったのですが。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
