アメリカで見たギフテッド教育の最先端について PART1

米国・フロリダのギフテッド・スクールで教員として実際に体験した驚きと挑戦、そして貴重な学び。

  

才能の輝きを探求する旅へ ギフテッドの世界へようこそ

ギフテッドというのは「ギフト」という語から派生し、神様から恵まれた才能という意味です。

先天的にずば抜けた知能を持っていたり、類稀なる才能に恵まれていたりする子供や大人たちの事を指します。

ギフテッドの独自の視点や驚異的な能力、創造力は、科学、芸術、スポーツ、リーダーシップなど、さまざまな分野で顕著な成果を上げ、世界に大きな影響を与えています。

日本ではあまり馴染みのない言葉でしたが、昨今、「ギフテッド」のコンセプトが日本でも話題にのぼって来るようになりました。

従来の日本の枠組みから著しく飛び出していたギフテッド人材は、その教育の過程から定石を逸脱し、一般の社会、ビジネスの枠組みの中でその才能を活かすことは難しいとされてきました。

しかし、社会と組織の強みとして、人種、民族、文化、宗教、性別、性的指向、能力、年齢などのダイバーシティの大切さが叫ばれる中、ギフテッドの人材の優れた才能と視点を活かす重要性が指摘されています。

私は日米間の留学や交流を推進する仕事の傍らに、音楽の教員及び父兄として14年余りフロリダの現地私立校のギフテッド教育に携わってきました。

この学校では三歳児のプリスクール(幼稚園前の幼児クラス)から、8年生(中2)までのギフテッドの子どもたち約300名が在籍していました。

教員としてギフテッドに特化した教育機関で実際に教えた経験は、多くの多才/多彩な子どもたちと触れたり、ギフテッド教育を現場で学ぶ研修を通して、驚嘆したり、共に学ぶ機会となり、貴重な経験となりました。

アメリカで見たギフテッド教育の最先端について PART1では、まずギフテッドの定義とギフテッド教育の先進国アメリカの学校の様子やサポート体制など、ギフテッド教育の実際の現場についてお話させて頂きたいと思います。

本稿に書かれている教育現場での教職員や父兄の対応は、PART2でお話するアメリカ社会の中でのギフテッド人材の活用、社会的なサポート体制など、ギフテッド人材のマネジメントに不可欠な基本情報となると思います。

ギフテッドとは

全米ギフテッド教育協会(National Association of Gifted Children)ではギフテッドの子どもたちを次のように定義しています。

「知的、創造的、芸術的、リーダーシップなどの分野、または特定の学問分野高度な達成能力を示し、通常の教育機関が提供しないサービスや活動を必要とする学生、子供、または若者」

ギフテッドというと、アインシュタイン級のずば抜けたIQを持っている人と思われがちですが、実際にはその定義は広くIQだけでは計り知れない能力を持った人の事を示します。

実際何人ぐらいのギフテッド生徒がいるかというと難しいのですが、成績という側面ではトップ10%はギフテッドに入ると言われていますので、ギフテッド人口はかなり大きいと言えます。

全米ギフテッド教育協会によると、ギフテッドの子供たちの特徴として以下の項目が挙げられてます。

  • 何年も先の学年レベルの教材を理解する能力
  • 学習習熟の速さー反復学習の必要がない
  • 旺盛な好奇心
  • 特定の事柄、トピックに特別な興味を持つ 
  • 創造性に富んだアイディアや表現
  • 風変わりまたは大人びたユーモアのセンス
  • 年齢不相応な感情の深さと感受性

ギフテッドと認定されるにはこれら全てに当てはまるという訳ではなく、これらの特徴に少なくとも一つ以上該当すればギフテッドとして注視し、ギフテッドとして才能が開花するよう、育んでいく努力が必要だということです。

一般的に皆様がお思いになるよりも、かなり幅広い解釈が用いられています。

ギフテッドの3つの要素

前述しました様に、ギフテッドとは学業ばかりではなく、もっと幅広い基準を持ち合わせています。

また、その幅広さ故、ひとつの試験や確固たる基準でギフテッドを認定するのは大変難しくなっています。

ギフテッド教育の専門家ジョセフ・レンズーリ博士は、ギフテッドとは高い知能指数(IQ)に代表される平均以上の能力だけではなく、創造性、そして目的に対するコミットメント(集中力)の三つの要素があると定義しています。

 

平均以上の能力― IQではなく能力

ハーバード大学教育学部の発達心理学の大家ハーワード・ ガードナー博士は、IQの値では個人の能力を十分表現し得ないと言っています。

インテリジェンスとは、数学や国語から算出されるIQの数値から更に発展して、音楽などの芸術、空間相関関係、対人関係などあらゆる分野で測られるとしてインテリジェンスの概念を更に拡大しています。

日本語でいうところの、「智慧」や「叡智」に近い定義だと思います。

つまり、ギフテッドとは一般的に言われる学力の枠から大きく拡大された、多様な能力を指します。

飛び級をしたりオールAを取ったりという学習能力だけでなく、音楽、芸術、体育などの分野、そして特殊な分野に対する突出した興味や学習能力、第二言語、第三言語などコミュニケション能力など、広く「能力」は定義されます。

創造性

ギフテッドとして認められる要素の一つとして、創造性が挙げられます。

創造性と言うと音楽や美術などの芸術面をお考えになるかもしれませんが、実際は科学、社会科学、コンピュータ・サイエンス、そして一般の生活の上でも、あらゆる分野で創造性は発揮されます。

豊かな想像力、柔軟な思考、そして深い関心と情熱を持ち合わせているギフテッドの子どもたちは、単に「物を覚え学ぶ」という受け身の学習方法だけでは満足せず、常に何か新しいことはできないか、何か新しい発見はないか、と考えを張り巡らせています。

そして、失敗を繰り返しながらも、新しいアイディアを創造することを楽しむ能力に優れています。

実は、この失敗を繰り返すという事に重要な意味があるのです。

ギフテッドがギフテッドとして育っていき、その創造性を発揮するには失敗を決して恐れない自信と勇気を育む事が大切です。

失敗から何を学ぶか、上手に失敗を繰り返しながら失敗を更に大きな原動力をして前進していくその不屈の推進力が大切なのです。

コミットメント

コミットメントを日本語に翻訳しにくいのですが、ギフテッド教育の分野では「集中してタスクを遂行する能力」と言えると思います。

IQに対し、EQ(Emotional Quality)という「心のIQ」と言われる指標があります。

ギフテッドの子どもたちは高いEQを兼ね揃え、自らの知的興味を満たすために、感情や誘惑をコントロールし、与えられた課題ばかりでなく、自ら設定した課題に対して集中して取り組む事ができます。

同学年の他の子供達と比較して精神年齢が高く、教科の学習に限らず、全ての学びに対して貪欲であり、自らモーティベーションを高め、集中力を発揮します。

「平均以上の能力」「創造性」「コミットメント」これら3つの要素の真ん中に位置するのがギフテッドの子どもたちという事になります。

ギフテッドは後天的に育てうる能力

特記すべきことは、これらの要素は後天的にも育て、伸ばしうる能力でもあるという事です。

もちろん先天的に並外れた能力を持ち合わる「超天才的」なギフテッドもいますが、ギフテッドの「資質」のある子どもたちがこの3つの要素を伸ばしていく中で、顕著なギフテッドとして後天的に完成される子どもたちも沢山いるのです。

前出のレンズーリ博士は、「ギフテッドとは発展しながら形成されていくものであり、ポテンシャルのある子どもたちは励ましと時間、努力によってギフテッドに育てられていくものである」と提唱しています。

私が勤務していたギフテッド教育に特化した私立学校では、入学の時点で必ずしもこの三つの輪の真ん中に属していなくても、そのポテンシャルがあると認められた子どもたちは入学が認められていました。

学校でギフテッドとして教育されていく中でその才能を伸ばし、本格的なギフテッドとして開花していく子供たちも大勢いました。

また、教員による指導ばかりでなく、それぞれの子供たちがお互いの才能を認識しあい、刺激を与え合いながら総合的にIQもEQも高め合っていったのが印象的でした。

また、後述しますがこれらのギフテッドの生徒の中には、ギフテッドの特性によりADHDやアスペルガーとして認められているお子さんが多いのです。

日本では発達障害というとネガティブな響きがつきまといますが、実はギフテッドの生徒さんには発達障害を持ち合わせる生徒さんが多いのです。

発達障害をネガティブに捉えるのではなく、ギフテッドとしての長所を大いに活用しその才能を開花させてあげる事が必要なのです。

ギフテッド教育―アメリカの公立学校の場合

古くは1900年代の初めに、スタンフォード大学のルイス・ターマン博士によるIQ知能テストの提唱により、秀でた学力を持つギフテッドの為の教育がクローズアップされました。

以来、多くの公立学校でギフテッドの為のプログラムが用意されるようになりました。

公立学校のギフテッド・プログラムでは、IQテストや統一実力試験をもとに学習成績優良児を選抜してギフテッドクラスを形成し、公立学校全体の6%がギフテッド・プログラムに在籍していると言われています。

多くの公立校では、学力をギフテッドの認定の指標として利用しています。

ギフテッド・プログラムでは、基礎学力の高い子どもたちに対してより難易度の高いカリキュラムで授業を行っています。

この公立学校の取り組みは、公立として多種多様の学力レベルの子供を受け入れる環境で、基礎学力の高い子供たちの知的欲求を満足させる学習クラスとして大変評価されています。

公立のギフテッド・プログラムは次の4種類に分類されます。

  • 通常の教室内でギフテッドの子には別の教材が用意される
  • 通常のクラスとギフテッド選抜クラスの併用
  • ギフテッド生徒のみのクラスを別途形成
  • 飛び級

どの校区でもギフテッド教育の重要性は認識しているものの、アメリカは地区によって生徒の家庭環境や教育予算が異なる為、ギフテッド・プログラムの内容はまちまちです。

また様々な政権において、ギフテッドを伸ばす教育が優先か、落ちこぼれのない教育に主眼を置くかでその焦点は行き来しています。

現政権では落ちこぼれをなくす方向にウエイトがおかれています。

政府や自治体としては、限られた人数のギフテッドよりも、多くの子どもたちの教育の底上げをする方に重点がおかれるのも理解できます。

この様な事情も相まって、公立のギフテッド・プログラムでは満足できなかったり、定員オーバーで入れなかった子供のために、私立でギフテッドに特化した学校が存在します。

ちなみに公立の義務教育機関であっても、年齢によって一律に学年が指定される訳ではなく、それぞれの発達状態によって学年を遅らせたり進ませたりする事がます。

また、移民や海外からの駐在者の子弟が多い地域では、英語を第二言語として教えるESL(English As a Second Language)のクラスがあり、現地への適応を助けるクラスがあります。 

同じ学年に違う年齢の子がいたとしても、違う言語を話す子がいたとしても、ギフテッドの子がいても、多様性が大前提としてサポート体制が用意されているのがアメリカの教育システムの特徴といえるでしょう。

ギフテッド・スクール(私立) 体験記

私の勤務していたギフテッドに特化した学校は私立の機関で、南フロリダの東海岸、ウエストパームビーチの北の街にありました。

街の人口の半数はニューヨークやボストンなどアメリカ東北部から移住してきた人々で構成されており、アメリカ南部にしてはリベラル色が濃い地域に位置しています。

学校は3歳児から8年生(中2)まで11学年。

5歳からは義務教育のキンダーガーテン(幼稚部)になるので、幼児クラスからキンダーに進級する時にはギフテッド審査があり、転入時にもギフテッドの評価が行われます。

ギフテッドに特化しているという特徴上、全校生徒は300人ほどのこぢんまりとした学校で、1クラスは15人~25人ほど。

WASPと言われる白人層は約半分ほどで、周辺の公立学校よりも少ない比率となっていました。

他の半数はユダヤ系やアジア系、外国人の子弟で構成されており、大変多様性に富んだ学校でした。

教育に熱心な士業や医師などの富裕層のご家庭が多かったものの、奨学金のプログラムも用意されていたのでミドルクラスの子弟も数多く在籍していました。

南フロリダには富裕層が通うきらびやかな私立学校が多いのですが、それらの学校に比べれば小規模で大変質素な学校でした。

授業では基本的に1年生の生徒は2年生の内容の学習をし、学齢よりも1学年進んだカリキュラムを学習していました。

更に学年をスキップする事も可能でしたが、それぞれのニーズに応じて所属する学年より上や下の学年の教科を取って、教科単位の飛び級も可能になるように、各学年の時間割が工夫されています。

在学中に中学のカリキュラムが終わった生徒には、オンラインで高校の単位が取得できるオプションもあり、中学1年生で高校の微積のカリキュラムを全て終えた生徒もいました。

また、そして小学校から選択科目も多く、個別にカスタマイズされた時間割が組めるようになっているので、周辺のホームスクール(学校に通わずに自宅でオンラインで授業を受けるシステム)の優秀な生徒さんを教科ごとに受け入れることもありました。

一方、学習教科やカリキュラム編成だけでなく、学習スタイルも大変柔軟でした。

児童発達心理学者のDunn博士夫妻によって提唱されたラーニング・スタイル(後述)の理論を応用して、多様性に満ちた学習環境を提供しています。

学習机の他にソファや大きなクッションを用意したり、薄暗いロフトや明るい窓際など、教室の作りにも工夫をしています。

特に低学年の教室やカリキュラムは個々のニーズに応じて最適な環境で学習できるように工夫されていました。

大変ユニークな特徴としては、テコンドーが必修になっていました。

もちろん基礎体力増強の意味合いもありますが、テコンドーのルール、型、昇級などを通して「自由度のない事も存在する」という事を学んでいました。

学びに関しては規律や行儀ではなく、徹底的に効率を重視する一方、一般社会では従わなければならないルールもある事や、実力に応じてランクが決まる現実をテコンドーを通して教え、バランスの取れた教育を行っていました。 

まずは親の教育から:ラーニング・スタイル

私の子供が入学した当初、保護者と子供両方に対してアセスメント・テストが与えられました。

ダン博士夫妻の「ラーニング・スタイル」と呼ばれたその教育法のアセスメントでは、オンラインで約90分かけて親子それぞれの最適な学びの環境設定に関する設問に答えていきました。

学習時の温度、夜型か朝型か、机がいいかソファがいいか、効果的な記憶には視覚が必要か、聴覚がいいか、空腹時と満腹時とどちらがいいか、おやつを食べながらの学習の効率はどうかなど、様々な項目でどの様なコンディションが一番効率が良いかを掘り下げて分析しました。

その結果を持ち寄って保護者会がありました。

お隣の保護者と自分の結果を見せ合うように言われ、数人の学びのスタイルが紹介されました。

「この人は朝型で、何かを食べながら作業するがリラックスする」

「この人は夜型、机よりもベッドの上で腹ばいになって本読むのが一番充実する」

そして校長先生が「誰のラーニング・スタイルが一番良いと思うか」と尋ねました。

みんなが言葉に詰まる中、校長先生は

「ラーニング・スタイルに相対的な比較や評価はあり得ません。

あなたのラーニング・スタイルがあなたにとってはベストなのです。

同じ事が皆さんのお子さんにも言えます。

あなたのスタイルはあなたのものであり、子供にはそれぞれの子供にとってのベストなスタイルがあります。

あなたのスタイルを決して押し付けないでください。

一日は24時間、その間、自宅で学習する時間は限られています。

その数時間を効果的に利用するためには、子供のラーニング・スタイルをよく理解し、限られた時間内で最大の生産性をあげられるように家庭で努力してください。」

このように指導しました。まさに、目から鱗でした。

このアセスメント結果を親子で受け、お互いの学びのスタイルをリスペクトするように指導されました。

驚きの連続―ギフテッドの子どもたち

それでは実際にギフテッドな子供とはどんな子どもたちなのでしょうか。

私がピアノの教員として遭遇した素晴らしい子どもたちのお話をさせて頂きたいと思います。

パイ君の話

この学校では毎年3月14日は「π(パイ)の日」と言って円周率を何桁まで言えるかを競うイベントがありました。

それまでは小学校高学年の子が7-80桁暗記するのが最高記録だったのですが、ある年まだ小学1年生の男の子が延々と250桁ほど覚えて優勝し、学内の大ニュースになった事がありました。

この子は、その翌年に私のピアノのクラスに入ってきたので、私はとてもワクワクしながら彼を迎えました。

コロナの渦中だったので、授業は全てリモートでZOOMを利用して行っていました。

1クラス7、8人のグループレッスン、しかも学年は2年生から8年生(中2)までと幅広く、鍵盤に初めて触れる初心者からショパンのエチュードを弾く子まで一緒、という混合クラスを15コマ、合計60名ほど受け持っていました。

私は、所謂クラシックの学びの定石にとらわれない独自の教授法を行っていました。

ピアノを弾き始めるには、ざっくり分類すると①譜を読む、②鍵盤で相応する場所を探す、③物理的に指を動かすという作業が必要になります。

アメリカでは日本のような系統的な音楽教育がなされておらず、小学生低学年ではほぼみんな楽譜を読めません。

私は初心者には「譜を読む」という作業は後回しにして、指に親指から順に12345と番号をつけ、その番号通りに指を動かせば一曲弾ける、という方式を考えました。

ピアノのクラス初日に初めてピアノに触れた生徒でも、ほんの45分のクラスの中で「メリーさんのひつじ」と「ジングルベル」の二曲が弾けるようになります。

まずは、ピアノを弾く喜びを体験する所から初めていました。

それと平行してハノン(指の練習曲)を教え、「脳からの司令で必要な指を動かす」というトレーニングをはじめました。

多くのお子さんはこのメッソードが動機づけとなり、喜び勇んでピアノを学ぶようになりました。

そして、この円周率ボーイ、(仮に「パイ君」と呼ぶことにします)このパイ君は2年生でピアノ初心者、楽譜も読めないお子さんでした。

さぞかし超特急であの円周率の如き天才ぶりを発揮するかと思いきや、他のお子さんにとは違い、中々とりかからないのです。

ZOOMのブレイクアウト・ルームでひとりずつ指導していたのですが、やたら理屈っぽく一人でブツブツとピアノに話しかけたりして進まないのです。

椅子をなおしたり、本をめくりなおしたり、とにかく落ち着かず鍵盤に集中できません。

他の子たちが喜び勇んで鍵盤と戯れるのとは対照的に、彼はどんどん取り残されていってしまいました。

ギフテッドの子供の特徴のひとつに「完璧主義」という事があります。

ひとつの事を突き詰め、何事にも完璧を目指すのです。

そして自信が持てない事には消極的になったり、注意が散漫になったりします。

彼は、全体像が100%つかめないと進めないタイプでした。

ちょうどリモート授業だったので、ブレークアウトルームを利用して個別指導が行えたので、私は彼には他の初心者の生徒とは違う指導をしました。

音符表、リズム表などを渡して音楽理論を説明して全体像を教え、現在は何のために何をしているのかを小学校2年生の少年に得々と伝えました。

他の子がまだ学んでいない事でしたが、一番年少の彼には音符や理論を学べるiPad用のアプリを紹介して、彼の学習環境を整えて上げました。

結果はご想像のとおりです。

楽譜のメカニズムが分かり、楽譜とピアノとの相関関係を理解した彼は、それこそ超特急のスピードで学び出し猛練習がはじまりました。

他の子がまだ読めないような楽曲も、譜面を見ながら独学で弾き出すまでになりました。

ギフテッドの子どもたちの学びのスタイルはまちまちで、しばしば驚かされます。

そして教員たちには、個々の生徒の学びのスタイルに則して教える側の柔軟な姿勢が求められるのでした。

   

楽曲を左手・右手別々に記憶するマルチ脳

P君は所謂「秀才」で、学業成績優良な7年生(日本でいう中1)の男の子でした。

全ての教科で満点を取るような子だったので、ピアノは「息抜き」かなと思っていたのですが、さすが完璧主義のギフテッド・ボーイはピアノでも力を抜きませんでした。

初心者だったのにも関わらず楽譜のメカニズムを理解するや否や、次々と自分の弾きたい曲の楽譜をダウンロードしてきて、クラシックやらポップスやら色々な分野の楽曲に挑戦していました。

この点だけでも天才的な習得度でした。

ある時、チャイコフスキーの白鳥の湖のピアノアレンジ版を弾いていた時、途中から突然不協和音になりました。

しかし、彼はかまわず自信をもって弾き続けていました。

私は何が起こったのか戸惑いながらも、彼を止めずに状況を把握しようとしました・・・

・・・そして分かりました。

右手も左手も個別には正しく弾けていたのですが、左手のリズムが1拍早かったのです。

要するに彼は右手と左手の動きを別々に記憶していたのです。

どこかで左手が一音抜け、左手がそのまま進んで行ってしまったのです!

彼は楽曲を左右両手のハーモニーとして捉えていたのではなく、左右の別個の動きとして機械的に記憶していたのでした。

習い始めたばかりで作曲!

Bちゃんは3年生の女の子。

おばあちゃんから譲り受けた特別な想いがこもったピアノを持っていましたが、ピアノを弾いた事はありませんでした。

9月の新学期から私のクラスで「メリーさんの羊」から始めた生徒さんでした。

しかしあっと言う間に読譜ができる様になり、3ヶ月後の年末ホリデー・リサイタルではとても学び始めて3ヶ月とは思えない演奏を披露してくれました。

年が明けると彼女は喜び勇んで教室に入ってきました。

「先生、私、冬休み中にこの曲作ったの!」

彼女はたった3ヶ月間学んだ技術を駆使して、曲を作ってきました。

何回か弾いてもらいましたが、フレーズもパターンも同じ。

立派な作曲でした!

彼女は自分の好きな楽曲の楽譜ををネットで購入して、どんどん上達していくと共に、1学期にほぼ一曲ずつ創作していました。

ーーー

また、8年生(中2)の女の子、Zちゃんも作曲が大好きでした。

曲を作ると休み時間のうちからクラスにやってきて、満面の笑顔で披露してくれます。

紙を見ながら弾いていたので見せてもらったところ、数字や○X△◇などの記号、絵、矢印などがコピー紙に書かれていました。

楽譜が書けなかった彼女は、自分の作曲した曲を記録する為に、独自の記号、数字や○X△◇を作って記録していたのです!

写真に撮っておけばよかったと後悔しています。

ギフテッドの特徴として創造性が挙げられていましたが、正に私の生徒さんたちの中には、自ら進んで作曲をする子たちが多く見られました。

一人作曲する子がいると、それに触発されて他の子も連鎖的に作曲を始めました。

創作中心の生徒には、モーツアルトなどクラシックの典型的なパターンを教えたり、ポップスを聞いて耳コピーするなど、作曲の際の技術やバリエーションを増やすために参考になる様な課題を与えました。

様々な教科で優秀な成績を修め、校外でも地区や時にはアメリカ全土の学習コンテストなどで活躍する子どもたち。

音大への進学などは考えていない、あくまでも趣味の範囲のピアノでも、全力投球で学んでいた姿が印象的でした。

他の教科の勉強で忙しい中、リサイタルの為に必死で勉強するそのコミットメント、学びの速さ、そして互いに刺激しあいながら生み出されていく創造性。

正にギフテッドの子どもたちの学びが、ピアノクラスの中に充満していました。

ピアノの教室。担当生徒数は合計60人余り。コロナ禍ではリモートでピアノを教える新たな挑戦も。

本番にめっぽう強い!

ピアノに限らず、課外活動のミュージカルでも同様だったのですが、ギフテッドの子どもたちはリサイタルや公演などの本番にめっぽう強いのです。

完璧主義が多いギフテッドの中でも、中々エンジンのかかりが遅い子どもたちもいます。

練習が追いつかず、舞台でのパフォーマンスは到底無理だと思えるような状況も何度かありました。

凡人の指導教員はただただドキドキ、ハラハラ、イライラ、冷や汗の連続なのですが、当の本人たちは余裕の様子。

私は半分あきらめの境地で本番を迎えましたが、何と何と、本番ではスラスラと弾けるじゃないですか!

驚くべきかな、彼らは本番では何事もなかったように、そつなくこなせるのでした。

ピアノやミュージカルってそんなに急に上達しないと思うのですが、これがギフテッドの才能でしょうか。

本番にめっぽう強いのでありました。

初年度は大変びっくりしましたが、年を重ねるうちに私のメンタルも鍛えられ、「この子たちなら大丈夫」と信頼できるようになってきました。

「一日ピアノ教師」に名乗り出てくれた生徒さんと

発達障害とギフテッド

アメリカ国内でもまだ周知されていない場合がありますが、ギフテッドの特徴として学習障害、言語/スピーチ障害、ADHD(注意欠如・多動症)、アスペルガー、自閉症、などの発達障害を併せ持つ子が多いという事があります。

アメリカギフテッド協会(National Association for Gifted Children)では、この様な子どもたちをTwice-Exceptional (二重の別格)としてeと呼んでいます。

これらの2eの子どもたちの多くは、周囲がその障害ばかりに目を奪われてしまうとギフテッドとしての頭角を顕せずに成長してしまう場合が多いのです。

実際、ギフテッドであっても発達障害を持ち合わせる2eのお子さんは、IQの数値が低い場合があります。

しかし、問題を解く作業に時間がかかるのと、能力がないのとはまる別の問題であると考えられています。

算数の試験の場合、内容を理解しているかどうかという要素の他に、「時間内」に解くという要素が非常に大きくなっています。

「本当は解けるけれど時間が足りない」という場合は、算数の理解能力ではなくProcessing Speed(処理能力)が低いとされます。

そしてこの処理能力は、トレーニング次第で改善しうる事なのです。

また国語の文章問題にしても、早く文章を読んで問題を解ける子の方が優れているとは限らないのです。

読む速度が遅い子の中には、その場面の様子を脳内で詳細にわたってビジュアルに再現しながら読み進める子もいるのです。

ストーリーを追って設問にこたえるのではなく、文学として楽しみながら場面の様子や、ストーリーの裏側を創造する事に能力を発揮する子もいるのです。

こういうお子さんは必然的に読解の速度は遅くなりますし、内容を理解するのにも時間がかかる場合があります。

しかしそのストーリーを別の側面から描写、表現する能力には非常に長けているのです。

ただ、残念ながらこの能力は往々にして「点数」には反映されないのです。

個別の配慮 Accommodation

この学校では学年の初めに教員にAccommodation Listというファイルが配られます。

この場合のAccommodationとは、「生徒の個々のニーズや特性に応じて、教育環境や教育方法を調整する処置」の意味で、生徒の名前が書かれたその紙には臨床心理士によって書かれたそれぞれの生徒にニーズが書かれてあります。

2eの生徒さんは臨床心理士に診断を受け、その結果によってクラス内で教員が行う適切な対応を書いた診断書を学校に提出します。

*教員の近くに座らせる

*全体に与えた指示を再度個人的に確認する、または復唱させる

*試験の時間を1.5倍にする事を認める

*処方箋薬の服用を許可する

など、生徒のニーズに従って教員のとるべき対応が書かれています。

教員はこのリストを確認の上で指導を行い、校長先生や校内のカウンセラーと共に進捗を確認します。

このリストには生徒の名前とニーズだけが書かれており、診断名は記載されていません。

教員にとって必要なのは各々の生徒に対するニーズでなので、診断名は個人情報として保護され、教員にも知らされません。

診断名によって教員が偏見を持ったり差別をしたりしない様に、そして診断名が他に漏洩しないようにも十分気配りがなされています。

この様に個人の情報を守りながら必要なサポートを行い、2eの子どもたちの難点を補う教育がなされています。

また、難点を補うばかりでなく、改善を試みる場合もあります。

前出のプロセッシング・スピード(処理能力)を高める方法として、集中力、画像(視覚)認識力、ロジックなどの問題集を与え、2eの生徒のプロセッシング・スピードの向上をはかる教材も用意されていました。

ーーー

ある生徒のお母様がこんな話をしていました。 

彼は一つの事に集中する事は難しく、常に落ち着きがなく、大変こだわりの強いお子さんだったそうです。

机やテーブルでは集中できずに困っていたのですが、前述のラーニング・スタイルの講習を受けたお母さんは彼を無理に机に向かわせるのはやめ、好きなスタイルで勉強させるようにしたそうです。

すると、コンピュータをキッチン・アイランドに持ってきて、料理の用意をするお母さんの傍らに立って作業を初めたそうです。

彼はテニスボールを持ち出し、左手ではボールをつきながらコンピュータに向かって宿題を始めました。

仕舞にはペットの犬とキャッチボールを始め、左手は犬とボール遊びを、右手で宿題をしていました。

そして母親が食事の支度をしている間に、見事に宿題をすべて終えてしまったそうです。

彼は正に高機能のADHDでした。

彼は家族や先生に恵まれて長所をぐんぐん伸ばし、その後優秀な工科大学に特待生で入学し、卒業後は有名なIT企業に就職したと聞きました。

 

課外活動で日本語や日本文化も紹介

ギフテッドを育む5つの鍵

ギフテッドを育んでいくためには、前述の3要素、つまり「平均以上の能力」、「創造性」、「コミットメント」を高めていくことが必要です。

そのためには以下の事が家庭でも、学校でも、社会でも重要な鍵となります。

1)知的刺激を与える

ギフテッドの子どもたちにとって、知的刺激は酸素のようなものだと考えてください。

ギフテッドの子どもたちにとっては、簡単なテストで満点を取るよりも知的好奇心を満たす事が重要なのです。

チャレンジする環境がなければそのギフテッドの能力は発揮できず、酸欠を起こしてしまうのです。

個別の能力やニーズに合わせ、より高度な学習体験、適切な難易度の課題やプロジェクトを提供することがギフテッドを養う栄養素となるのです。

2)創造性への賛美と環境整備

ギフテッドな子どもたちは自由な発想に満ち満ちています。

世界を舞台に輝く:グローバル人材への条件 に書いた”Think outside the box” が日常なのです。 

異なる視点やアプローチを大いに褒め称え、彼らが自己表現やアイデンティティを育むことができるような環境を整備することが必要です。

また、彼らが考え出した新しいアイディアを現実化できるような環境やサポートを整備することによって、どんどん創造活動が活性化していきます。

前述のピアノクラスでは、年2回のリサイタルで独自に作曲した曲を発表する機会も与える事によって、他の子どもたちの創作意欲を刺激して、毎回作曲者が増えていきました。

もちろん教職員、父兄、生徒、皆その豊かな才能にスタンディング・オベーション!

どんどん新しい曲が生まれていきました。

3)効率・生産性を高める環境づくり

これには前述のラーニング・スタイルの実践が大変重要な鍵を握っています。

一般的な常識や規則、マナーなどに囚われずに、本人が一番リラックスでき、効率が上がる環境を整備する事が、能力開発、創造活動、そして集中力を発揮するのに大変な重要な要素となります。

ラーニング・スタイルのアセスメントを受ける環境にない場合でも、子どもたちをよく観察することによって最適な環境を用意してあげることは可能です。

こどもの学習環境に対して、親も教員も先入観をもたずに客観的に観察し判断していくことが大切です。

4)セーフ・スペースの構築

ギフテッドな子どもたちが成長していく過程では、多くの失敗が存在します。

一方、ギフテッドの子どもたちには完璧主義が多いのが特徴で、ちょっとのミスでも心が折れてしまうセンシティブな子供も多いのです。

上手に失敗を繰り返しながら前進していく不屈の推進力を養うためには、絶対的な味方、セーフ・スペースが必要です。

周囲が失敗を決して叱責することなく、どんな状況でも暖かく受け入れ理解し、愛情で包んであげることによって、ギフテッドは伸びやかに才能を発揮する事ができるのです。

ギフテッドの能力を最大限に発揮するには、失敗を決して恐れない自信と勇気を育む事が大切なのです。

5)サポート体制の完備

ギフテッドの子どもたちは、発達障害も持ちあせている場合が多いため、専門家のアドバイスは必須です。

ギフテッドの子供たちが最適な環境で能力を磨くためには、臨床心理士や児童心理士などの専門家にアドバイスを受けてみましょう。

日本でも可能ならば、学校に適切なAccommodation(個別の配慮)をリクエストしてみると良いでしょう。

落ち着きがない、忘れ物が多い、先生の指示に従えない子などは、「困った子」としてレッテルを貼られがちですが、適切な対処をする事により、本来のギフテッドの能力が発揮できることがあるのです。

家庭、学校、専門家この三者が情報を共有しながら、能力開発をサポートすることは大変重要な要素です。


次回はアメリカの高等教育におけるギフテッド、そしてアメリカ社会を牽引するギフテッド人材とそのマネジメントについてお話したいと思います。

Who is writing

株式会社経営人事パートナーズ Executive Research Specialist / International Career Advisor

☆1983-1986年 海外子女教育機関・ボストン日本語学校教員・教頭 

☆1987-1993年 株式会社ディスコ・ボストン現地法人副社長、本社国際営業課長としてバイリンガル人材の就職説明会、ボストンキャリアフォーラムの立ち上げ、運営に従事。

☆1996年 日米教育交流(留学支援)の会社WAVE USA, Inc. (Worldwide Academic & Vocational Exchange USA, Inc) を設立。

☆2016-2021年 Weiss Ratings社・国際情勢リサーチアシスタント

☆2017-2021年 ギフティッド教育に特化した私立小中学校、The Weiss School非常勤講師

☆2022 財団法人東京財団政策研究所CSR研究プロジェクト リサーチアシスタント

<学歴>
☆マサチューセッツ州立大ボストン校政治学部卒。
☆ブラウン大学大学院政治学部国際政治学専攻卒。政治学修士。

<得意分野>#バイリンガルキャリア開発 #国際人材開発 #アメリカで起業 #アメリカの教育 #ギフティッド #留学 #語学習得・バイリンガル  #アメリカ政治&Z世代 #アメリカ生活