【ワーク・ライフ・バランス施策の出発点が問題だった?】シリーズ 働く女性のワーク・ライフ・バランスを考える vol.1

日本のワーク・ライフ・バランス施策の出発点が「子持ち様」「産休クッキー」論争を生む必然を暴きます

  

はじめに

この連載(全四回)では、「女性の働き方」に関連する課題・問題の一つとして「ワーク・ライフ・バランス (以下、WLBと表記します)」問題を取り上げ、これに関連する海外の研究事例をいくつか紹介しようと思います。

連載の大きな目的は、働く女性のWLB問題に関するネット論争や会話(「子持ち様」「産休クッキー」など)の中で皆さんが「当たり前」と思って持ち込んでいる共通理解(常識あるいは暗黙の了解)をあぶり出し、それが「そんなに当たり前なことじゃない」のだということに気づいてもらうことにあります。

そのために役に立つ学術的な情報や、少しでも根拠のある情報を提供していきたいと思っています。

第一回は、ちょっと我慢してもらって、日本のWLB施策の成り立ちから攻めてみます。

「子持ち様」「産休クッキー」論争をもたらした現在のWLB施策の成立経緯を知ると、そもそもの「出発点」に問題があったことがわかると思います。

第二回は、欧米各国のWLBの現状を紹介しますが、それによって国内のWLBの現状が「当たり前」ではないことに気づいてもらえると思います。

第三回は、WLB支援策としての育児休暇制度や柔軟な働き方(フレックス制やリモートワークなど)の海外での状況を紹介し、国内での取り組みの遅れを知ることができます。

最後の第四回では、WLBという考え方を越えた新しい考え方を海外事例で紹介しそれが将来の日本のヒントになるかどうかを考えてみます。

今回は第一回で、少し退屈だと思われるかもしれませんが我慢してもらって、WLBそのものと日本でWLB施策が展開される出発点を見直してみます。

「子持ち様」「産休クッキー」といったネット論争や噂話で批判される日本の施策や制度は、その出発点で「残念な」施策や制度だったことがわかるでしょう。

 

WLBの定義は?

研究者というのはどのような専門分野でも研究論文を書く場合には専門用語は一つずつ丁寧に定義して使います。

それを怠ると真意が正確に伝えられない、伝わらない、誤解を産むからです。

一般の方からみれば「わざわざ用語の理解を難しくしている」ように見えるかもしれませんが、同じ分野だけでなく他分野の研究者にとっては(あるいは一般の方にとっても)このやり方はとても助かります。

とりわけ多様な意味内容を含む用語が専門用語として用いられる場合にはありがたいものです。

WLBという用語も専門用語として用いる場合には、それぞれの著者が自分の論文や著作の中でその用語WLBをどういう意味で一貫して使うのか、を定義として示すのが一般的です。

そこでWLBの専門的な定義を探してみると、予想外に複雑であることがわかります。

Khateeb (2021) の研究によれば、WLBのどのような側面に焦点をあてて研究するかによって、大きく4種類の異なる定義群に分けることができるといいます(次の表をごらんください)。

行動的/個人的な側面に着目した定義群、組織的な側面に着目した定義群、時間的/役割的な側面に着目した定義群、そして境界的/均衡的な側面に着目した定義群です。

「定義群」と呼んでいることからわかるように、それぞれの定義群の中には複数の定義が存在します。

ここにはそれぞれの定義群の定義例を2つずつ示してありますが、実際にはもっと多くの定義を研究者たちは使っています。

ここで大切なことは「なんだ、きちんとした定義はないじゃないか」と思うことではなくて、「定義の多様性」「WLBという見方・考え方の多様性」は論者の目のつけどころが多様だということが反映しているのだと理解することです。

WLBにはさまざまな目のつけどころがあって、どこに着目するかで論者の議論や主張、裏の意図が見え隠れするのです。

みなさんがいろいろな情報源からWLBに関する情報を入手した場合には、個々の情報源ごとに違った定義でその語を使っている可能性がある点に要注意です。

 

WLBに関する研究はどう発展してきたか?

先に紹介した Khateeb (2021) は、海外でのWLBに関する研究のレビュー論文でその発展史はおおよそ次のようになると述べています(図表自体は筆者が論文内容を独自に要約しています)。

これをみると1960年代には労働力としての「働く母親」に焦点があたり、また仕事と家庭の排他的な関係も研究対象となってきたようです。

1970年代には、その両者の排他的関係が「相互関連性」とか「相互波及効果」といった新しい見方で研究されるようになってきたことがわかります。

1980年代には両者の関係を検討するための理論化がすすみ、たとえば「補償理論」とか「対立理論」などが提案されそれらに基づいた研究が進みました。

また1980年代末には、WLBはビジネスを成功に導くために克服すべき「課題」とみなされるようになります。

これを克服することが企業にとっても従業員にとっても高い価値をもつもので、それゆえ福利厚生のテーマとしてではなく企業の投資対象と考えようという研究が増えてきました。

さらに1990年代には、WLB議論の対象が従来の「働く母親」から「すべての人」に置き換わっており、その意味でフェーズが変わってきていることもわかります。

同時に「ライフ」が「ファミリー・ライフ」を越えて「旅行」「ボランティア」「趣味」「研修」といった領域まで広がっていることも知っておくべきでしょう。

そしてWLBは企業にとっても従業員個人にとっても「管理(management)」するものだという認識も広がっています。

ここで改めて注意喚起をしておきたいのは、現代の海外でのWLB論の中核は「すべての人(「働く母親」に限定しない)」を対象としたWLBの話であるということで、今回このシリーズで取り上げる「働く母親」を対象としたWLB論はそのごく一部(しかもここでいう「ライフ」は「ファミリー・ライフ」)だということです。

前者を「広義のWLB論」後者を「狭義のWLB論」と呼ぶ研究者もいます(鈴木,2008浅倉,2010)。

そのため、今回の連載は「狭義のWLB論」に話を限定するので、「ワーク・ファミリー・コンフリクト」論や「ワーク・ファミリー・バランス」論として行われた研究の成果も含めて考えていくことにします。

 

国内での研究はいつ始まったか?

では国内でのWLBに関する研究はいつごろ始まったのでしょうか?

上で紹介した研究レビュー論文では研究対象としたのは英語で発表された研究論文だけでしたので、日本の研究者が日本語で発表した研究論文はその分析対象から外れているのです。

日本国内でのWLBに関する研究の流れをみてみるにはCiNiiという学術文献データベースをあたってみるのが便利です。

このデータベースには学術論文だけでなく一般誌(商業誌)の記事や官庁などの調査報告書や書評なども含まれますが、学術論文の場合はほとんどが全文公開されている原本にアクセスができるようになっています。

そこで「ワーク・ライフ・バランス」または「ワークライフバランス」という検索語で検索を行い、ヒットした学術論文(一般誌等の記事は除きます)の中で全文公開されているものを調べてみました。

その結果、全部で312件の学術論文がヒットしましたがその中で論文のタイトルに「ワーク・ライフ・バランス」または「ワークライフバランス」が使われていたのは181件でした(2024年4月29日現在)。

それらを刊行年ごとに集計すると次のグラフのようになります。

ばらつきはありますが日本でWLBを取り扱った研究は2007年頃から増加し、その後は論文数が急速に増えて2010年代に高止まりをして、2020年代になってからはやや落ち着いているようにみえます。

 

初期の研究はWLBの何を扱っていた?

最も古い2003年の論文では、情報機器の発達で仕事の時間的・空間的な障壁克服が可能となったことを議論しており、ここでのWLBは基本的に「労働者の仕事と仕事を離れた生活のバランス」のことです。

「働く母親」ではなく「労働者」全般のWLBに焦点があてられています。

2004年の論文は「自殺防止とスピリチュアルケア」を取り扱っていてその中に働く人のWLBの必要性が含まれているので、ここでも「働く母親」ではなく「労働者」全般が視野に入っています。

2005年の論文は海外のWLB問題を取り扱っています。

2006年の3本の論文では、英国でのWLBと企業業績の関係を調査した研究の分析・紹介、国内での「男らしさ」(直接WLBには関係していない)に関する研究、残る1本は講演録で女性労働者のWLB問題を企業経営(投資対象としての見方)の観点で議論しCSRとの関連も紹介しています。

最後の例では「女性労働者」の問題を議論していますが「働く母親」に特化しているわけではありません。

したがって、研究の数は少ないですが国内でのWLBの研究では「働く母親」問題に焦点化するのではなく、「労働者」全体を視野に入れた研究になっていたといえます。

次に初期の一般書や専門書の刊行状況をみておきましょう。

出版された専門書の検索は、CiNii books というデータベースで行いましたが、2006年以前に刊行された一般書や専門書でタイトルに「ワーク・ライフ・バランス」または「ワークライフバランス」を含むものは次の2冊だけでした。

『会社人間が会社をつぶす:ワーク・ライフ・バランスの提案』(パク・ジョアン・スックチャ,朝日選書:2002)は、1990年代までの海外の企業での実例、研究論文の事例を日本の読者にコンパクトに紹介する内容です。

『ワークライフバランス社会へ:個人が主役の働き方』(大沢真知子,岩波書店:2006)は、女性の働き方問題ではなく「若者が潰されている」問題の視点からWLB問題にアプローチしており、「わたしたちが真に問うべきなのは、WLB施策を導入しなかった場合にかかるコストなのである」(p.222)という点を強調しています。

いずれにしても2006年以前の研究論文や専門書では広義のWLB論に含まれる内容が取り扱われており、狭義のWLB論は表向きほとんど目につきません。

 

日本での狭義のWLB論の起源

先の論文刊行年の動向をみると2006年から2007年頃に何らかのきっかけとなる事象が日本社会で起こったのではないかと思われます。

そういう視点で日本でのWLB論の成立経緯を取り上げた論文をいくつか読んでみると、まず2003年から2006年にかけて「広義のWLB論」が厚生労働省や内閣府で議論されてきたことがわかります(たとえば浅倉 (2010))。

ここでは「仕事と生活の調和に関する検討会議」や「雇用政策研究会」が厚生労働省のもとで開催され、後者は2005年に報告書「人口減少下における雇用・労働政策の課題:すべての人が自律的に働くことができ、安心して生活できる社会を目指して」を公表しています。

ここでは「すべての人」がWLB論の対象となっていたことがわかります.

狭義の「WLB論」が政府の中で動き出すのが2006年の厚生労働省の「男性が育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進協議会」と内閣府の「少子化と男女共同参画に関する専門調査会」で、特に後者では「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を可能とする働き方の見直し」とか「両立支援」といった旗が振られています。

そして2007年には、内閣府が「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」「仕事と生活の調和推進のための行動指針」 を発表しており、また「労働経済白書」には「ワークライフバランスの各国の動向」 という節が含まれていました。

これらの「憲章」「行動指針」策定の直接的な契機は、同年の経済財政諮問会議の「経済財政改革の基本方針2007:「美しい国」へのシナリオ」というレポートだった (池田, 2008) ということなのですがこれも内閣府での話です。

もちろん、この年に突然そのようなスローガンが出てきたわけではなく、背後にはそれなりの日本社会の事情とこれを推進しなくてはならない国(政府)の事情があったことがうかがえます。

1990年に「合計特殊出生率 1.57」という衝撃的なデータが公表され、日本社会の「少子高齢化」と「労働人口の減少」という危機の到来が現実味をおびてきたと、国や経済界の人々が問題意識を持ち始めてきたということでしょう。

国は「少子化対策」「子育て支援策」に本腰を入れることになり、また「労働人口減少」対策として「働き手としての女性」に目を向けることにもなりました。

「女性の働き方の見直し」「女性が仕事と子育てを両立できるように」といったスローガンやアイディアが政府の旗振りによって進められることになっていったようです。

その集大成がWLBという名の総合的な政策だといえるでしょう。

この2007年の政策の動向が広義のWLB論から狭義のWLB論に視野を狭めた(よくいえば、焦点化した)といえるでしょう。

その後「働き方改革関連法」(2018年公布,2019年施行)を含む制度化もすすみ、「長時間労働是正」「柔軟な働き方を可能にする環境整備」「父親の産休制度」など施策は華々しく展開されてきています。

2023年に設置された「子ども家庭庁」もその流れの中に位置づくでしょう。

ただし、制度的な後押しがあるということと現実にそれらのしくみが使いやすく気楽に使えているかどうかというのは別の問題で、この点については別の機会に解説ができればと思っています。

 

WLB観の背後に潜む暗黙の前提

上に紹介した内閣府の憲章や行動指針は今でも現役で政府(あるいは民間も含めて)の政策を下支えしているのですが、これらの文言を丁寧に読み解いてみるといろいろと「つっこみ」を入れてみたくなるような「暗黙の前提」が見え隠れしています。

わかりやすいのは「少子化対策」「子育て支援策」でしょう。

もちろん「働き方改革」という枠組みの中での議論なのですが、ここでは女性が「子どもを産み子どもを育てる「べき」存在」として「しか」位置付けられていないようにみえるのです。

これは旧来の伝統的な「女性観」「育児観」「家族観」「労働観」(まとめて「伝統的女性観・家族観」と呼びましょう)を前提としたときにはじめて可能な議論だと思います。

「子どもを産むことを選択しない女性」「子どもをもたないことを選択した男性」「家族を持つことを選択しない女性・男性」「伝統的な性別に拘束されない人」など、「伝統的女性観・家族観」に収まらない人々は、「はじめから」暗黙のうちにWLB政策の視野から「排除」されてしまっていることに気づきます。

広義のWLB論の視野が示しているように、WLBは「すべての人」の人生にとって重要で解決されるべき問題のはずなのですが、日本ではその点でフェアとはいえない出発点(つまり、狭義のWLB論)から具体的な重点政策の旗がふられてきたという特殊性があるようです。

「少子化対策」「子育て支援策」は重要な日本社会の課題であることは言うまでもありません。

しかしその背後で、なりたい自分・生きたい自分のライフスタイルが出発点ですでに「構造的に」排除されている人たちがいることには注意をしておくべきだと思います。

すべての人にとってフェアなWLBの議論や施策が、現在の日本でも求められるのではなかろうかと思うのです。

「子持ち様」「産休クッキー」論争は、この点に深くかかわっているのです。

 

おわりに

では、広義のWLB論に関連する研究は国内には存在しないのかというとそうではありません。

たとえば「男性の育児休暇取得」「男性のWLB」「ワーク・シェアリングとWLB」「サラリーマンのWLB」「WLBと職場規範」「WLBと組織的公正」「アフターコロナのテレワークとWLB」「WLBの論理構造」といったテーマを扱った論文が2020年以降に発表されています。

したがって、日本でも現在では狭義のWLB論を越えて広義のWLB論も研究では視野に入ってきていることがわかります。

今回の連載では「女性の働き方」に関連する課題・問題の一つとしてWLB問題を取り上げます(狭義のWLB論です)が、本来は広義のWLB論の視点が優先され、その一部として狭義のWLB論の視点が日本の施策の策定面でも位置づけられていてほしかったと思います。

将来、すべての働く人に対して「用途や目的を明示しなくてよい」フェアな休暇制度(包括的休暇制度)が一定のルールのもとで保証されるようになればいいと私は思っています(第三回で紹介しますが、そのような方向に舵を切った国もあります)。

そうすれば「産休」とか「育児休暇」と明示する必要がありませんから、不要な「うしろめたさ(職場に穴をあける…)」は感じないですみます(「産休クッキー」は不要です)。

また、同僚がそれを利用した際に単身者や非婚者が感じる「心理的反発(そのしわ寄せは私たちにくるのに…)」(「子持ち様」論)もなくなります。

すべての人が、「旅行」「ボランティア」「趣味」「ペットとの時間」「体調不良」「介護」「研修」「リフレッシュ」など、自分自身のWLBをうまく管理するために自由に使える休暇制度に統一されているのですから。

はたしてそのような理想の「包括的休暇制度」が実現する日はくるのでしょうか?

Who is writing

神戸大学名誉教授・東京理科大学名誉教授/株式会社経営人事パートナーズ 海外文献リサーチャー

研究者としてのキャリアは、 教育学としての科学教育学から。

その後近代科学の異文化性を中核に据え、 異文化としての科学と人間の関係性を、 教育という切り口から研究してきた。

約40年、 合計4つの大学で教員を務め、定年退職を機に、 教育活動、研究活動の中で最も好きで、最も専門的スキルをみがいてきた、 海外文献の調査 探索 検索収集・分析・要約の活動をフリーランスとして行っている。

未知の研究領域 (人文社会科学系) について学ぶことは、 自分の知的好奇心を満たせることなのだが、 現代社会の中で、このような活動と成果を求めているセクターがあることがしだいに明らかになってきて、 その顕在的・潜在的なニースにささやかながら応えられることが楽しいしうれしい。

教育学、歴史学 、 人類学、 民族学、 民俗学、 社会学、 人材開発、 言語学、 コミュニケーション、 などなど、 知らない分野の研究を覗いてきたが、今回は、HRM や人事採用に関する海外文献の調査研究ということで、 また新しい世界を覗ける機会を得てわくわくしている。

HRM や人事採用については、アウトサイダーであるが、 であるがゆえに、インサイダーの方々とはちょっと違った見方も示せればよいかなと思ったりしている。

チャレンジできる仕事に出会えて感謝。