Contents
今回のコラムでは、ゴルフコース設計家の右腕ともいえる「フォアマン」と「シェイパー」にスポットライトを当てます。
設計家が机上で作ったコースを大地に造り出してゆく右腕たち
ゴルフ設計家は机上でコースの設計こそ行いますが、実際のコースの造成まで行う訳ではありません。
実際の造成は、土木工事の業者、ならびに現場の作業員が行うことになる訳です。
とは言え、現場判断で勝手な事をされてしまっては、実際のコースは設計家が意図したコースと似て非なるものになりかねません。
そこで設計家は、自分の設計意図が実際のコースの造成で正しく反映されるよう、自分の右腕ともいうべきスタッフを現場に派遣してきました。
今回はその代表的な存在である「フォアマン」と「シェイパー」についてご紹介します。
現場をつかさどる責任者「フォアマン」
「フォアマン」とは、長期間にわたってオフィスを離れる事の出来ない設計家本人に代わって、コースの造成現場に立ち会う責任者の事です。
正に建設現場における現場監督といったところでしょうか。
歴史に残る名設計家の多くには、有能なフォアマンの存在がありました。
その代表例が、「米国ゴルフコース設計の父」とも「ゴルフ界のシーザー」とも呼ばれるチャールズ・マクドナルドと、彼のフォアマンであったセス・レイナーです。
1855年にカナダで生まれたのちシカゴで育ったマクドナルドは、16歳だった1872年に父の故郷であったスコットランドのセント・アンドリュースへ、留学のため送り出されました。そこで祖父からゴルフの手ほどきを受け、ゴルフに夢中になります。
1875年にシカゴへ戻ってしばらくは、まだゴルフが上陸していなかったアメリカで、ゴルフと離れた期間を過ごします(彼自身はこの期間を「人生の暗黒期」と語っています)。
その後アメリカでもゴルフの機運が高まってくると、マクドナルドは1892年に有志を集めてシカゴGCを結成し、自らが設計したホームコースを建設。
更にはシカゴGCの他、ニューポートCC、シネコックヒルズGC、セイントアンドリューズゴGC、ザ・カントリークラブの5つのクラブを母体とした全米ゴルフ協会(USGA)の設立に尽力します。
1907年、シネコックヒルズGCに隣接する場所で自身が理想とするゴルフコースの建設に着手したマクドナルドは、地元に住んでいたプリンストン大出身の建設エンジニアを測量士として雇い入れます。それがセス・レイナーでした。
専門知識に基づくレイナーの的確なアドバイスもあって、マクドナルドの理想のコースはナショナル・ゴルフ・リンクス・オブ・アメリカ(NGLA)は1909年に完成。
以後もマクドナルドは約20年にわたってレイナーをフォアマンとして、イェール大学のゴルフコースの建設を手掛けていきます。
そしてレイナー自身も単独で、ハワイのワイアラエCCなど多くの名コースを設計しました。
また、オーガスタナショナル・ゴルフクラブの設計家の一人として知られるアリスター・マッケンジーも、銀行家からコース設計家へと転じていたペリー・マックスウェルをフォアマンとしています。
マックスウェルはその後独立し、昨年の全米プロを始め過去に数多くのメジャー大会を開催したサザンヒルズCCといったコースを世に残しました。
更に日本の名コースとして名高い霞ヶ関CC・東や廣野GCも、チャールス・ヒュー・アリスンの設計プランをジョージ・ペングレースや伊藤長蔵らがフォアマン役を担って作られたコースなのです。
コースの美しさを担う造形担当者「シェイパー」
もう一つの「シェイパー」とは、実際に土を動かす造形担当者の事です。
例えば設計上、ある場所にバンカーをつくるとなっている時。その深さやエッジの形状、場合によっては大きな1個にするのか2個に分けるのかといったところまで任されるのが「シェイパー」です。
コースの外観の良し悪しを担うという意味では、建築における塗装や左官の職人さんに近いと言えるでしょう。
実は、日本の名門コースで近年行われた大規模改修の多くでは、彼ら「シェイパー」が力を発揮しています。
我孫子GCの改修では、ブライアン・シルバの改修プランをガイ・ゴールビーがシェイパーとして実現させました。ゴールビーはその他、狭山GCの改修にも関わりました。
また、クイン・トンプソンは東京GC、広野GC、横浜CC・西、芥屋GCなど名だたるコースの改修にシェイパーとして参加。現在は奈良国際GCの改修に携わっています。
日本におけるシェイパーの代表としては、大久保昌が挙げられるでしょう。
元々グリーンキーパーだった大久保は設計家の井上誠一にその腕を買われ、自身が設計した龍ヶ崎CCの造成にシェイパーとして招かれました。
それを機に長年にわたって井上に師事した大久保は、自身も設計家に転身。新潟にある日本海CCなど多くのコースを設計した他、大洗GC、鷹之台CC、武蔵CC・笹井といった多くのコース改修も手掛けています。
最近では自ら「フォアマン」や「シェイパー」役を担う設計家も
ここまではコース設計家とフォアマンならびにシェイパーが分業という前提で述べてきましたが、設計家の中には自らがフォアマンやシェイパー役まで担う人もいます。
例としては、プロゴルファーのベン・クレンショーと共同で、パインハーストNO.2コースを始め世界ゴルフコース100選に入るコースの設計・改修を行っているビル・クーア。リオ五輪のゴルフ競技が行われたコースの設計や、今年全米オープンが行われるロサンゼルスCC、東京GCの改修を手掛けたギル・ハンスなどがいます。
彼らの共通点は、1920年代以前にイギリスやアメリカで作られたクラシックコースを範としている事。そして、実際のコース造成現場作業からキャリアを始めているという事です。
1930年代以前に作られたクラシックコースの造成において、その労力は人力や馬などであったため、労力を減らすべく否が応でも元の土地を最大限生かしたものとなりました。
それが第二次世界大戦後は、重機の導入によって大規模な土砂移動が可能な時代へと変わっていきました。
それにより設計家は自分の望む通りの造形が可能になった訳ですが、それは時として奇抜なマウンド群、むやみにうねらせたフェアウェイなど、周囲の自然に溶け込まないデザインのコースを生み出す事にもつながったのです。
それらのデザインに対する反感、更には凝ったデザインにすることによってかさむコースの造成費用や維持費を解消する方策から、クラシックコースが見直されるようになってきました。
いわばクラシックコースを知る現場上がりの設計家人気は、「原点回帰」というゴルフコースにおけるトレンドの象徴と言えるのです。
デスクと現場の意思疎通あってこその名コース
今回は、ゴルフコースの造成現場における「フォアマン」と「シェイパー」の役割についてご紹介してきました。
設計家をデスクで作業を行うプロジェクトリーダーと考えるならば、現場との意思疎通はプロジェクト成功にかかわる死活問題と言えます。
それが分かっているからこそ、名設計家たちは設計家と現場の橋渡しができる優秀なフォアマンやシェイパーを、いわばミドルマネジメント的な立場で重用しました。
また、優秀なフォアマンやシェイパー自身も、既に持っている現場作業のスキルに加えて設計家の考え方や理論について身をもって吸収することで、更に優れた実績をあげることができます。
設計家とフォアマンやシェイパーとの関係性は、デスクと現場の意思疎通の重要性、そしてデスクと現場の双方に精通した人材価値の高さを示す一例と言えるのではないでしょうか。