コミュニケーション能力向上の奇策? 被食動物の馬から学べること

人間が被食動物から学べるコミュニケーションの本質とは?!動物は人間が忘れがちな大切なものを教えてくれます。

  

そもそもコミュニケーションって?

みなさんは、職場で「うまくコミュニケーションが取れない」と悩んだことはありませんか?

巷には「業績を上げるためのコミュニケーション術」などといったビジネス書があふれています。

これらは、いわば目的を達成するための「勝つためのコミュニケーション」です。

しかし、コミュニケーションは本当に勝つためだけのものなのでしょうか。

辞書を引くと、コミュニケーションには「人間の意思伝達」という意味のほかに、「動物どうしの情報伝達」や「心の通い合い」といった意味合いもありました。

今回は、この「動物どうしのコミュニケーション」という視点、特に被食動物である「馬」から、人間関係に役立つヒントを探っていきます。

私たちが求めがちな「勝つためのコミュニケーション」は、マズローの欲求5段階説でいう「承認欲求」や「自己実現欲求」といった高次の欲求を満たすためのものです。

しかし、被食動物である馬のコミュニケーションは、より根本的な「生理的欲求」や「安全の欲求」、つまり「生き残る」ために行われます。

そのため、馬のような被食動物たちと人間がコミュニケーションを取ってみると、最初はかみ合わず、なかなか上手くいきません。

被食動物には被食動物の、人間には人間のコミュニケーションの取り方があるからです。

しかし、被食動物とも、じっくりと向き合ってコミュニケーションを取っていけば、良好な関係性を構築することは可能です。

筆者は被食動物の他者との関係性の築き方には人間社会のコミュニケーションが忘れてしまったコミュニケーションの原点があるのではないかと考えています。

例えば、同じような言葉を使って部下が上司から叱られる場面でも、相手が日ごろから信頼関係がある上司であれば部下は「自分の成長のために指摘してくれた」と受け止めることができるかもしれませんが、信頼関係を築いていない上司からの言葉であれば「自分を否定された」と感じやすいですよね。

つまり、「誰がどのような関係性のなかで発したか」によっても、受け手の印象はかなり左右されるのです。

これは職場に限らず、友人や家族とのコミュニケーションにも共通しているポイントです。

しかし問題は、その関係性をどのように構築していくのかです。

馬たちとのコミュニケーションの取り方には、ヒントがたくさんありそうです。

なぜ馬から学ぶのか

馬はどうして被食動物になったのか

馬の祖先は数千万年前に生息していた小型の葉食性の動物にさかのぼります。

当初は森林で暮らしていた柴犬ほどの大きさの動物でした。

身を隠す場所がたくさんあった森林が気候変動のために、身を隠すことのできない草原に変わってしまいます。

住環境のみならず、草食への転向を強いられたり、人類に乱獲されたりするなど、馬たちの祖先にとって生き残るための環境が著しく変わっていきました。

その環境に合わせて捕食者から身を守るために、350度の広い視野を持つ目や速く走れる体を進化によって手に入れました。

また、危険な状況からすぐに逃れられるように、音や気配を察知する敏感さも研ぎ澄まされていきます。

敏感に周囲の変化を把握することができれば、いち早くその状況から逃れることができて、生存率が上がるためです。

こういった特徴から、馬は臆病な動物だと見られがちです。

一般に被食動物は臆病な性格をしている種が多いと言われています。

しかし、この臆病さこそが、厳しい自然界を生き抜くための進化の賜物なのです。

馬とのコミュニケーションは「信頼」がすべて

人間は他の動物から大型動物と認識されます。

被食動物にとってはもちろん、その他の動物たちにとっても怖い存在です。

馬に関して言えば、純粋な野生種はすでに絶滅しています。

諸説ありますが、約5,000年前ごろに家畜化されたとされており、ほかの野生動物よりは生物種としてのヒトを理解していると思われます。

(こちらも諸説ありますが、現存の野生種は一旦、家畜化したものが脱走して再び、野生化したものと言われています。)

実際にイギリスの大学の研究で、馬は人間の表情から感情を読み取れることが分かっています。

しかし、臆病な性質は現代の馬にもしっかりと受け継がれているため、被食動物である馬の特性として臆病さは一緒に暮らしてきた人間に対しても発動されます。

例えば、敵である肉食動物のような「直線的な動き」をしてしまうと、馬は本能的に怖いと感じるため、「この人は信頼できない」と思われてしまうでしょう。

信頼ができない人間の言うことに馬は従いません。

さらに指示も的確で分かりやすくなければ馬は動きません。

乗馬の経験がある方には、自分の合図では動いてくれなかったのに、インストラクターが声で指示を出した瞬間に動き始めたという体験をした方も多いのではないでしょうか。

信頼できない相手からのあいまいな指示は、馬にとって何ら利益がありません。結果として無視されがちです。

つまり、馬と関係性を築く基準は馬が「この人なら信頼できるから、動いてみるか」と思ってくれるのかどうかなのです。

信頼に基づいた良好な関係性を構築できていれば、多少のリスクがあっても人間を信頼して、ついてきてくれます。

このシンプルな基準が、コミュニケーションの本質を示しており、私たちが見過ごしがちな重要なポイントではないかと思うのです。

被食動物から信頼を得るためには?

こんな臆病な馬たちから信頼を得るためにはどうしたらいいのでしょうか。

まず心がけるべきなのは、馬たちを怖がらせず、安心させてあげることです。

では、なぜ「怖がらせてはいけない」のでしょうか。

馬たちが突然の音や不意な動きを怖がるのは、肉食動物が出てきたら捕食されてしまうかもと常に思っているからです。

つまり、突発的な物音や急な動きを「捕食者の出現」と認識し、逃げようとしたり、暴れたりするのは馬の生存本能そのものなのです。

そのため、人間が馬を驚かせるような行動をとると、馬はその人との間に信頼を築くことができません。

これが馬との信頼構築において「怖がらせないこと」が絶対的な必要最低条件である理由です。

なぜ犬や猫とは違うのか? 馬との信頼構築が難しい理由

犬や猫も同じだと考える方も多いかもしれません。

しかし、馬は厩舎で暮らすため、家で一緒に暮らせるコンパニオンアニマルと違って、常に隣にいられるわけではありません。

コンパニオンアニマルと同等の密なコミュニケーションを取れる時間は自然と短くなってしまいます。

さらに警戒心が犬や猫と比べてかなり高いことから、少しずつ関係性を高めていき、まずは「危害を加えない存在」だと覚えてもらわなくてはならないのです。

そのため、頻繁に顔を合わせている人以外は存在を覚えてもらうこと自体、ハードルが高めです。

また信頼を得た後でも、馬にとって脅威となる行動をとってしまったら、再び距離ができてしまうことがあります。

しかし、しっかりとした信頼関係を結んだ人間の指示であれば、馬は少しずつ受け入れてくれるようになります。

急に音がしても「この人がいれば大丈夫」と思うようになり、徐々に驚かないようになっていくのです。

「理不尽な怒り」がもたらすもの

馬が何かに驚くと怒りをあらわにする人がたまにいます。

馬にとっては、生命の危機ともいえる局面であり、必死にそこから逃れようとしている状況です。

馬が怯えてパニックになりそうな状態に怒りは有効どころか、逆効果になることもあります。

こんなときに一番必要なのは、馬を安心させてあげることです。

みなさん、同じような光景に心当たりはありませんか?

例えば、新しい部署に配属されたばかりの同僚が、上司の何気ない一言にひどく落ち込んだり、過敏に反応したりしている…。

社会人として仕事を始めたばかりの新入社員や新しい環境に飛び込んだばかりの中途社員は、「企業内の被食動物」とも言える心理状態で仕事をしています。

周囲の顔色をうかがい、自分の立ち位置を探り、捕食者にあたる厳しい上司から身を守り、会社に順応しようと必死なのです。

そんな新入社員や中途社員が一番求めているのは、「ここにいても大丈夫だ」という安心感ではないでしょうか。

多くの仕事は一人で完結することができません。

だからこそ、言葉に頼りすぎず、相手に寄り添うコミュニケーションの積み重ねを続けて、一緒に闘う仲間になってもらうのです。

馬とのコミュニケーションに学ぶ「寄り添い方」の極意

次に気になるのは「どうやったら相手に寄り添えるのか」です。

動物とのコミュニケーションは「相手を知ること」から始まります。

共通言語を持たない相手を理解するためには、とにかく観察することが大切です。

例えば、ある馬は首にブラシをかけてもらうのを好む一方で、別の馬はブラッシングそのものを嫌っているなど、人間と同様に好き嫌いには、かなりの個体差があります。

その馬がブラッシングを好きかどうかを把握するには、ブラッシングをしてみて馬の反応を観察するしかありません。

ブラッシングが嫌いな馬には、最低限のブラッシングに留め、危害を加えない存在だと認識してもらいます。

無害な存在であると認識してもらったら、その馬の「好きなこと」をたくさんしてあげましょう。

こうしたことを何か月か続けていると少しずつ馬の方からも歩み寄ってきてくれるようになります。

結局のところ、人間のコミュニケーションでも、相手の嫌なことはしないといった「相手の心に寄り添う」ことが大切なのではないでしょうか。

しかし、人間には言語という共通のツールがあるため、こうした誰でも知っているようなコミュニケーションの根本を忘れてしまい、響きのいい言葉に頼ってしまうのです。

心理学者アルバート・メラビアンの研究によれば、言語と非言語のメッセージの内容が矛盾している状況では、相手に与える影響のうち言語が占める割合はわずか7%である一方、声のトーンが38%、表情や身振りといった非言語的要素が55%を占めるとされています。

つまり、「言葉」と「声のトーンや表情」の与えるメッセージが矛盾していれば、多くの方が声や非言語的要素から受けるメッセージを発言者の本音として受け取るのです。

そうなれば、発言者としての配慮のなさは見透かされてしまい、信頼関係の構築も難しくなってしまうでしょう。

一旦、立ち止まり、相手の立場に立って、「こう言われたら、どう感じるか?」や「このようなことをされたら、どう思うだろうか?」と考えてみることが「相手に寄り添う」ことの第一歩となるのではないでしょうか。

馬が教えてくれた『クセ』

海外でも日本でも馬を介在したコミュニケーションの研修があります。

馬や動物が好きな方はこういったものを体験してみるのもおすすめです。

馬は世界的大企業のCEOでも子供でも、たった一人の人間として平等に扱います。

そのため、人間社会では受けたことのない洗礼を受ける「お偉いさん」もいるようです。

馬と信頼関係を築き、コミュニケーションをとる難しさから新入社員はリーダーシップやマネジメントに関する苦労を知ることができるでしょうし、上司は適切な指示を出せなかったときの馬の反応から部下の困惑などをそれぞれ学びとることができるでしょう。

馬は社会性が高い動物であることから、人間とも高度な非言語コミュニケーションを成立させることが可能です。

そのため、馬とのコミュニケーションのなかで、自分が別のポジションに就いた場合のコミュニケーションを疑似体験することができるのです。

そこには上司や部下とのコミュニケーションに活かせるヒントがたくさん詰まっています。

例えば、筆者の場合、騎乗時に馬の「動きやすさや気持ち」を重視しすぎるあまり、コミュニケーションにメリハリが足りず、馬に指示が伝わりづらいというクセがあります。

メリハリの足りない状況のまま放置しておくと、馬に甘えが出て、徐々にサボろうとし始めます。

馬の性格によっては、最終的に乗り手の指示に従わなくなる可能性もあります。

こうなってしまうと、乗り手はその馬が持つ本来の実力を発揮させてあげることができなくなってしまいます。

これは若い世代の後輩たちと働いていたときにも露呈していた自分のクセでもありました。

例えば、後輩に仕事を任せる際に「大変だろうから」と手助けをしすぎてしまい、結果的に後輩たちが自分で考えて成長する機会を奪ってしまっていたのです。
馬との関わりは、良かれと思ってやっていた自分の行動の裏にある「甘さ」や「メリハリのなさ」に気づかせてくれました。

海外では自閉症や不登校の子供たちが馬を介してコミュニケーションの取り方を学ぶセラピーやプログラムが盛んです。

馬とコミュニケーションを取れるようになってくると、子供たちも少しずつ自分に自信を持てるようになり、積極的になっていくそうです。

こういったことからも、自分に自信がなく積極的に動けない方や自己肯定感の低い方にも馬とのコミュニケーションは有効だと言われています。

どんな人に対しても分け隔てなく、時に容赦なく、自分をぶつけてくる馬から人が学んで生かせることはたくさんあります。

職場で活かす「守りのコミュニケーション」

私たちは「コミュニケーション能力」という言葉を、「相手を説得する力」「自分をうまく売り込む力」として捉えがちです。

しかし、本質的にコミュニケーションは「信頼に基づいた心の通い合い」なのです。

「適切なコミュニケーション」をとることで、あらぬ誤解や摩擦を防ぎ、人間関係のトラブルから距離を取って自分を守ることができます。

人間にとって、「適切なコミュニケーション」を取ることは、この厳しい時代の中で生き残るための生命線なのです。

「勝つためのコミュニケーション」ばかりでは、周囲に敵を増やしてしまい、結果的に孤立してしまう可能性もあります。

現代では、「守りのコミュニケーション」の考え方が非常に重要になってきていると個人的には感じるのですが、「勝つためのコミュニケーション」を用いて成功したビジネスモデルについて目にする機会が多く、どうしても後者が目立ってしまうようです。

さらに、社会人であれば「勝つためのコミュニケーション」を求められることも多いのではないでしょうか。

これからは、コミュニケーションにも攻守のバランスが非常に大事になるのだろうと考えます。

もちろん、あなたがいくら心に寄り添うコミュニケーションを心がけても、それを受け取ってくれない相手もいるでしょう。

しかし、それはそれでいいのです。

何度か試してみて「この人とは信頼関係を築くのが難しい」と分かれば、それも大きな収穫。

無理に関係を深めようとせず、最低限の関わりにとどめましょう。

これは逃げではなく、あなた自身の心を守るための大切な戦略です。

人間関係をこのようにシンプルに保つことで、あなた自身がとても楽になります。

自分を守るという意味でも、コミュニケーションは最大の武器なのです。

まとめ

リモートワークやAIの普及により、文字や画面越しのやり取りが増え、非言語的要素の温度感が伝わりづらくなったことから、「信頼を基準としたコミュニケーション」がこれまで以上に求められています。

コミュニケーションは、人間にとっても、単なる言葉のやり取りではなく、相手に安心感を与え、信頼を築き、自分を守るための「生きる力」そのものなのです。

こんな時代だからこそ、「テクニック」や「言葉遣い」に頼るコミュニケーションではなく、自分にも相手にも優しい「心に寄り添った守りのコミュニケーション」を実現していきましょう。

あなたの会社にいる「被食動物」かもしれない同僚や後輩に「困っていることはない?」と声をかけて安心してもらう――まずは、身近なところから始めてみませんか。

Who is writing

米国カリフォルニア州ベンチュラ郡立 Ventura Community College
米国ケンタッキー州立 Murray State University卒業。
プロンプトリサーチャー。
東日本大震災をきっかけに「後悔しないよう、今やりたいことやる!」と決意。
たくさんの動物と暮らすことを夢見て夫婦で田舎に移住。
仕事のモットーは「楽して良いものを作る」。
アナログとデジタルを両立したハイブリッドな田舎暮らしをめざし、chatGPTに鍛えられる日々を過ごす。